剣初心者うさみ 92
「飛び級の要領だ」
と、ハン師範は言った。
現実世界での修練は、夢の修練場で得たことを再現することが中心であった。
そのために限界まで突き詰めた強度の基礎鍛錬と、対人としてハン師範とおジョウさんとの三人の打ち合いを行う。
対魔物で得られたものと、若葉組の頃からの対人の経験を、方向性を調整しつつ定着させ、体得させ、身にしていく。
飛び級と同じく、先を見てから自身を追いつかせる作業であるが、違いはある。
一応は自身の力で獲得したものであること。
魔物を倒すことでレベル、クラス、スキルが成長する。その成長にすべてを依存すれば飛び級と同じスキル依存になってしまう。
しかし、命を懸けて戦った経験とその中で得た知見は、偶然の飛び級による成長では得られないものをバルディの中に残し、そして得たスキルは夢から覚めて失っているため、自らの中にあるもので再構築しなければならない。
まったくのゼロから切り開くものではないが、まっとうに剣の指導を受け続けるだけよりも多くの経験がそこにはあった。
だがその成長の方向性を完全に自由にしてしまうのもよろしくない。
バルディが独学の剣士ならそれでもいいが、一距両疾流の後継者候補である以上は一距両疾流でなければならない。
ハン師範は、バルディの進捗を見極めながら一距両疾流の範疇に収め、そしていつか超えていく可能性を残さなければならない。
道を示し、道にとどまらぬようにする。矛盾しているようだが、何にも通ずる教えの道だ。
「教える側の立場で見ると、こんなに面白く、恐ろしいのね」
本日の三人の打ち合いが終わって、おジョウさんがそういった。
ハン師範、おジョウさん、バルディ。
バルディは圧倒的格上二人を相手にする形だ。両者とも加減はしてくれており、余裕を見せられている。つまり現状では全く足りていないということ。
おジョウさんと組んでハン師範を攻める時を見ればおジョウさんの腕は見えてくる。
まだとどかない。
そして同時に、そのおジョウさんと組んでもハン師範にはまるで届く手ごたえを感じない。
実力差があるので、一本取るのが攻守交代の切り替えであるのを、バルディが攻める時はハン師範の合図で切り替えという変則での修練となっている。
同格二人を相手にしていたのとは全く違うその手ごたえに、一晩でずいぶん成長したはずのバルディは実力を見失いそうになった。
だがその二人を見ることもまた経験として積み上げられる。
おジョウさんはまだ見える範囲であり、その差が縮んでいくことがわかる。
死の恐怖と痛みは確かにバルディの力になっていく。
「みるみる強くなっていく子を見るのって。追い抜かされないようにあたしももっと鍛えないと」
「いやジョウ、お前婿に迎えたいんだろうが」
「それはそれよ。お父さんだって、手を抜いたら怒るでしょう? それに、信じてるからね」
「根拠ないですよねそれ。やりますけど」
ハン師範が楽しそうに笑う。
やはりおジョウさんは剣術道場主の娘であった。