剣初心者うさみ 90
「夢は見たか?」
「はい、師範」
翌日の、ハン師範を迎えての第一声は、夢の中でのことを確認するものであり、これによってやはりあれは一距両疾流の秘伝の修練なのだと確信できた。
「ほとんどの時間を、精神の持ち直しに使ってしまいましたが」
「そうか。バルディ、お前さんが音を上げるまで一月続けるが、心変わりはないか?」
死に至る痛みと、恐怖は夢の中で散々にバルディを打ちのめし、戦う時間よりも死から立ち直るために時間を使ってしまい、昨夜は全体の九割ほどを無駄にしてしまった。
しかし、それでも、あくまで夢であることと、現実で同じことが訪れる恐怖、自分がやるべきこと、やりたいことを糧にして踏みとどまっているうちに、少しずつ慣れてきたようにも思う。
死ぬのに慣れるなど、頭がおかしくなったのかもしれない。
それでも。
「ありません。痛みも、恐怖も、超えてみせます」
断言することで自分を追い込むと同時に自分はできると奮い立たせた。
「そうか。いや、起きてすぐジョウに泣きついて慰められていたと聞いたからな」
「なぜそれ――あー! あー!! なんのことですかね!」
「バレているのがわかっててごまかすんじゃない」
「はい」
目覚めた時、おジョウさんが枕元でバルディを覗き込んでいた。夢の修練を知っていたのだろう、心配して様子を見ていてくれたのだと思われる。寝込みを襲いに来たわけではないはずだ。きっと。
そのおジョウさんの顔を見たバルディは、不覚にも涙を流して抱き着いてしまった。 心の底からほっとしたのだ。現実に帰ってきたことを。死の恐怖から解放されたことを。
死と戦いの繰り返しを越えた先に愛しい人がいれば仕方がないことだ。
地獄のような修練を耐えることができた心の支えの一つ、それも特に大きなものだったこともある。
諦めてもミーナがいる、と何度も逃げたくなった。それでも踏みとどまったのは、おジョウさんへの思いで、想いだ。
なので仕方がないのである。
……と自分に言い聞かせても、そんな姿を余人に知られることが恥ずかしいことに変わりはない。
それも相手の父親にである。
「気にするな。そうなるやつの方が多い。諦めるやつはもっと多いがな」
「気持ちはわかります、が」
「一日目を乗り越えてその目ができているなら期待してやろう。ワシもジョウは幸せにしてやりたいんだ」
それなら五年前に子作りをやめておけば、とバルディは思ったが、とても口には出せなかった。
今さらでもあるし、ケンもかわいいし、バルディに機会が巡ってきたのもそのおかげであるからだ。




