剣初心者うさみ 89
視界に現れた巨大なあぎとが見る間に大きさを増し剣を抜く間もなく体を食いちぎられバルディは命を失った。
バルディが気が付くと目の前に掲示板があった。
先ほど命を落とした記憶があるのだけれども。
全身が先ほどの焦りと恐怖の影響を残し硬直し、声すら出ないままにバルディは倒れた。
その衝撃に反応した体は今度はがたがたと震え始め、のどからは意味もない唸り声が漏れ出る。
声とともに涙も零れ落ちたがそれに気づく余裕もなかった。
しばらくそうしていて、どれほどの時間が経過したかわからなくなったころ、身を起こす。
先ほどのは何だったのか。
赤いボタンを押した瞬間にあたりの風景が変わり、同時に巨大なあぎとがガがガガガがガガが――。
またしばらく時間が経って。
バルディは身を起こした。
掲示板。剣。ボタン。
ボタンを押す前にいたあの部屋だ。
戻ってきたということか。
「いや、様子が違う?」
掲示板にある文字が変わっていた。
先ほど右を見るように書いてあった部分が、箇条書きの多くの文章に代わっているのである。
「“お疲れ様です。ここは夢の中なので死んでしまってもこうして元に戻ります”?」
まとめると。
ここは夢の中の修練場所であり、現実と同じようにスキル・レベル・クラスが上がるようになっている。ただし、現実には反映されない。持ち出せるのは経験だけである。
赤いボタンを押すと二百五十種(現在)から無作為に選ばれた相手と戦うことができる。強さは様々であり、最初は勝てない相手の方が多いだろう。
戦う場所は十種の地形から無作為で選ばれる。
死ぬかすべて殺せばこの部屋に戻ってくる。
黄色いボタンを押すと、戦ったことのある相手と地形から選んで戦える。
ただし、倒した相手を選ぶと少し難しくなる。
青いボタンを押すと修練を終わり、夢から覚める。
剣や装備は攻略することで品質が高いものを選ぶことができるようになる。
他にも、この部屋にもどれば疲労と空腹は回復するとか、後ろに実績が表示されるとか細かいことが書いてあったが、そのあたりはあまり重要ではないだろう。
「要するに夢の中で殺し合いをして、何度も死ね、ということですか」
勝てない相手が多い中から、無作為に選ばれるということは、つまりは死ねということだ。
そして死んでも戻ってくることができる。
ある意味安全な修練だ。
だが成長は目覚めれば元に戻る。
現実だけ見れば、飛び級をするのと同じようなことになるだろう。
「恐ろしい修練だな」
おジョウさんが詳細を濁した修練がきっとこれだろう。まさか自分が夢の中を操って修練できるようにしたとは思えないから。
こんな訓練内容を考え付くことも恐ろしければ、できることも恐ろしい。
死の恐怖を味わった今ならいえる。頭おかしい。
夢を操る? どうやっているのかさっぱりわからない。
とはいえ。
「そう、とはいえ、だ。この機会を逃すわけにはいかないよなぁ」
一か月で追いつき超えなければならない相手がいるのだ。
そのために必要なことだと。
一か月という時間設定はこの修練を加味して決められたものだろう。
であるならば。
やらない選択肢はあり得ないのだ。
そしてさらにしばらくののち。
バルディは脂汗を流しながら赤いボタンに指を――。