剣初心者うさみ 81
「ディくん」
別行動のミーナが、名前を呼びつつ小走りで寄ってきてバルディの横に並ぶ。
その様子を見たチャロンが肩をすくめるがバルディは気にならなかった。うちの恋人かわいい。
“ディくん”というのは、もちろんバルディのことである。ミーナ独自の呼び方だ。
“バルくん”と対になっている、というべきか。バルとディで真っ二つである。
そのミーナだが、修練中は以前に増して容赦ないが、そうでないときはかわいらしい面を見せることが増えた。バルディと二人の時は表情もよく動くようになった。
以前そして今でも、人前では意識して表情を押さえていたそうだ。貴人の専属の使用人の表情を読まれて何か不利益をもたらすようなことがあってはいけないため、そのように指導を受けていたのだ。
“ですの”と同じである。
その“ですの”は、今ではバルディなど、特に親密な相手の前でしか言わなくなった。
なぜなら、“ですの”のせいで専属の選抜を落とされたからである。
変な口癖の使用人はよろしくないと。
ミーナの“ですの”は以前述べたように、ヤッテ家のお嬢様の指示、いや提案だったわけで、これは理不尽といってよい話。
この件がきっかけで発生した事態は、当初の想像以上に大事となったものだった。
とはいえ、これがなければバルディがミーナと今のような関係になることはなかった……いやどうだろう、絶対にないとも言い切れないか。
おそらくなかったと、そう考えると、どんな経験も今に通じるものだと思う。
それはそれとしても、ミーナの能力自体は認められており、ついでにバルディも目をつけられている。
特にミーナが専属になり損ねたお嬢様とは、甘味の件以来、幾度か間接的に仕事を請け負い、また直接会った際に雇用を持ちかけられたこともあるほど評価されていた。
丁重に断ったが。
ヤッテ家は流派という独自の武力を持たない代わり、様々な流派に使用人を弟子として送り込んで反感を押さえつつ影響力を得ている。
ミーナが一距両疾流に入門したのもその一環である。
そして場合によっては流派の剣士を雇用することもある。
否、正確には流派に所属する剣士を、家人として雇用することがある。剣士としてではなく。
剣士として雇うことは基本的にしない。雇った者が偶然剣士としての技量も持ち合わせているということはあるのだが。
バルディの場合も、情報収集力とそれをまとめて活用する能力を主に評価されているのだ。もちろん、バルディが持つ姉などの家族や友人知人関係者などとの繋がりを含めてのことだ。
実のところ、流派として荘園も持っている一距両疾流とそこそこ以上の商家であるガン屋の両方とつながりを得られるバルディはそれなりにお買い得なのだ。自覚的に利用できるというのも評価が高い。
本人が一介の剣士であっても、周りの有用な者が好意的に接しているのであればそれ以上の価値があるのである。
嫌われ者であったり、周りを使えないアホボンであったりしていたら評価されることはなかったろう。
そんな思わぬ掘り出し物バルディと、専属にはなれなかったとはいえ有能な使用人であるミーナが特別に懇意にしている。
その繋がりは有用だった。
という建前で、ヤッテ家のお嬢様がミーナを後押ししたのだ。
その前から逢引(誤解)や逢引(やや誤解)や逢引などをミーナの同僚が煽っていたこともあり、実績もあった。
比較するのも下衆な話だが、バルディが最初に女性を意識したのはおジョウさんであるが、最も多く女の子を意識したのはミーナだった。
修練の都合よく観察するであり、家族を除けば最も近しい女性でもあった。徐々に成長し美しくなっていく様をすぐ隣で見続けていたのだ。バルディ側のいろいろな意味での成長と合わせて意識しないわけがない。
そしてそれはお互い様だったらしい。
周りに煽られた部分もあるにしろ、時に協力し、時に好敵手として共に過ごした仲なのだ。
そういう意味で幼馴染一筋のチャロンはすごいと思う。ミーナに惚れなかったのだから。と半ば本気でバルディは思う。
そんなわけで、内からも、外からも圧力があり、そのようになるのは時間の問題だったと言える。
おジョウさんの件がなければ。