使い魔?うさみのご主人様 38
「姫様、それはいけません」
「そうか? 囲うなら明月の名は邪魔であろ」
メルエールが動けずにいると、姫様の後ろで杖を構えていた高等部の伯爵令嬢が待ったをかける。
しかし、フランクラン姫はあっさりと切り返す。
暴君だこれ。
メルエールはこれは予想していた以上に危険な場所に踏み込んだのだと気が付いた。
原因となったうさみを怒鳴りつけたいが、フランクラン姫に背を向けてそんなことをするわけにはいかない。
心の中で罵倒するにとどめる。
そして同時に考える。
囲う?
まさかお妾さんにしようということはあるまい。同性だし。
ならば自派閥に取り込もうという話だろうか。政争的な意味で。
心底関わりたくないし可能な限り関わるなと指示されているのだが。
なぜなら政治的なことは全くわからないからだ。
周囲から孤立している田舎男爵家所属かつ貴族になったのが最近で学院の講義にもついていくのに必死だったメルエールである。
王族とか公爵家とか雲の上の存在。そのやりとりなど把握できてはいないし、ましてや干渉しようだなんて思ってもないし準備もない。
「明月男爵は北月辺境伯の寄り子ですから」
「であるか。だが北月は明月の窮地に動かなかったであろ」
寄り子というのは寄り親の保護下に置かれているということであり、寄り親というのは寄り子の面倒を見る大貴族のことだ。
大貴族が格下の貴族の面倒を見るという慣例である。
すべての貴族はあくまで王の直臣ということになってはいるが、実際にすべて直接支配しているわけではないのである。
王国法では東西南北中央の五つの管区と、その代表として四大貴族(中央管区は王領なので代表はいない)を定め、管区内の諸侯をまとめさせることになっていて、古くからの慣例を追認している形である。
北管区の四大貴族は北月辺境伯。
基本的には辺境伯は管区内の伯爵を束ね、伯爵は子爵、男爵をまとめている。
つまり辺境伯は伯爵の寄り親で、伯爵は子爵、男爵の寄り親という入れ子構造になっている。
ただいくつか例外が存在し、その一つが明月男爵領だ。
辺境伯の寄り子の男爵。
この関係もまた過去の遺恨を保ち明月男爵家を孤立させている原因の一つであるのだが、かといって今更扱いが面倒な厄介な家を押し付けられたい伯爵はいなかった。
ともあれ、普通なら寄り子の明月男爵令嬢が困っていたなら、寄り親である北月辺境伯家に泣きつくのが筋である。
しかし、メルエールはそうはしないで自力での解決を計っていた。結果としては経過は芳しくなかったが、ギリギリのところで大逆転、といったところだろうか。
「北月は、学院のことは重視していないようですからね。常に一人しか在学させていませんし、現在は初等部一年ですから」
「やつら、いまだ独立を狙っていると公言しておるからな。それにしたところで恭順したふりをすればよいものを」
辺境伯家の学院生にはメルエールも入学時にあいさつに行ったが、普通に子どもであった。
それでも、メルエールよりはしっかり貴族をしていた。していたのだが、目の前の王族と比べると普通の子どもに見えた。
というかこの初等部のお姫様は周囲を固める側近を置いても初等部らしくなさすぎるだけかもしれない。
ともあれ、その普通の子どもに学院で孤立しているとか勉強置いてけぼりだとか魔術がうまくできないとか相談しようというのはメルエールには難しかった。
そもそもあいさつに行った時もちょっと嫌そうに対応されたような気がする。
だからあまり顔を出さないようにしているし相談もしていないので動くも何もないのであった。
もし相談していたら動いていたか、というのはまた別の話だけれど。
そんなことを考えていたら、フランクラン姫が側近との話を終えてメルエールを見る。
「聞いての通り、わらわはお主を手元に置きたいのだが、それには少し時間がかかりそうだ。ひとまず褒美はモノでやる」
フランクラン姫はそう言って、自分の手から指輪を抜いた。
「これは普通の指輪だが、これを見せればこの屋敷に入れるようにしておく。何かあったら頼るがよい」
「きょ、恐縮です」
フランクラン姫手ずから指輪を渡され、メルエールはガチガチになりながら受け取った。
「うむ。急ぎでなければ使い魔を通じてでも構わん。夜にな。こちらも使い魔の知恵を借りることもあろう。では下がってよし」
こうしてメルエールは王族のもとから無事に帰ることができた。
手元にある指輪は厄のタネにしか見えなかったし、なんだかいろいろ聞きたくないことを聞かされた気もするが、五体満足なのでとりあえず無事だ。
そう長い時間話していたわけではないのにものすごく疲れた気がするが、それでも無事だ。
そう思わないとやってられなかった。
ちょっとうさみを問い詰めないといけないが、あとにしてとりあえず休もう。
自室に戻ったメルエールは寝台に倒れ込むのだった。




