剣初心者うさみ 72
だんだんと話が大きくなってきた気がする。
いや、流派の内部のことだからそうでもないのだろうか。
一度話を整理しよう。
まずひとつ。
スキルを得ることは強くなることである。
ただし、飛び級でスキルを得てしまうと、強くなる過程をすっ飛ばしてしまう。
副産物的に得られるはずの経験や別のスキル、体を鍛える時間などの過程を失うということは最終的には総合的に不利である。
ふたつめ。
スキルを得ることで強くなれるのは、過去最強までである。それを越えるためには自身の手で工夫を重ねる必要がある。
ふたつを合わせて考えると、自ら工夫をするという経験を積めていないのに、過去最強の人ですら切り開けなかったのだろう上限を突破することができるのか、と。
そんな疑問にたどり着く。
残念ながら、今のバルディでは想像もつかない領域の話なので判断などしようがないのだが。
ただ、飛び級した直後に感じた全能感を思い出せば、そんなものは不要と思い込んでしまう人がいたとしても否定できない。
話を戻そう。
一距両疾流、その開祖の結論は“できない”というものだったということ。
そして逆に言えば、一歩先へと進むためどうすればいいのか、方法論を持っており、実践している?
「そうですね」
そうでしたか。
「スキルは人類の力として大きな領分を占めているのは事実です。今この瞬間にも力が欲しいと望む者は大いにその力を頼りにすればいい。しかし、いえ、だからこそ、より高みを切り開くための方法を誰かが維持し、広め、道を切り開いていかねばならない。そして、道場というのはそのための場であると。一距両疾流はそういう立場で運営されている」
「はい」
「従って、最終的にバルディ、キミがどういう道を選ぶとも、その方法を伝えることには変わりはないし、少なくとも若葉組の間は実践してもらいたい」
「わかりました」
前置きが長かったが、それだけ流派として重要なことだということだろう。
とはいえ長かった分、期待感もある。
あえて遠回りをする方法ではあるが、こうして飛び級をするまで教わることがなかった修練ということは程度はともかく秘伝の一種であるはずだ。
秘伝といわれて気分が高揚しないほど老成していない。
子ども扱いされる歳なのだ。
「スキルを解除する方法を教える。飛び級したスキルを自分の力で再現できるように工夫を重ねなさい。ああ、スキルを見本とするのは構わないよ」
さて、どういうことだろうか。