使い魔?うさみのご主人様 37
「メルエール明月男爵令嬢。男爵家長女。年下の嫡男がおり、実家にて静養中」
「ふむ、ああ、おったな」
「嫡男と入れ替わりに中等部へ編入、成績は下の下だったが二度失敗ののち使い魔召喚に成功して後徐々に上がってきており、落第は免れると思われる」
「うむ」
「学院内で孤立していたが、かわいい使い魔愛好会の中核構成員で、西華派閥だったが現在は中立」
「孤立? ああそうか、明月か」
「は。“寝返り”の明月ですので触ろうとしたものは少なかったのかと。黒森に接触されていましたが、現在は黒森と西華が恋仲になっていると」
「ほう!」
メルエールは王族に呼び出されていた。
フランクラン王日姫。
魔術王国サモンサ国王の嫡子系の孫であり、三女。王位継承権十二位だが、父である王太子が王位を継げば七位になる予定。
初等部にして在学学院生の頂点の一人。
美しい金色の髪、その上にある冠、強い意志を感じる目には蒼い瞳、口元は片側を上げてニヤリと笑っている。
繊細な柄の透かし織りの布を幾重にも重ねた美しい服と、それに負けない精緻な装飾品を身に着けた姿は、姫という肩書の通り愛らしさで、美形しかいないといわれるエルフのうさみにも劣らない。
……はずなのだが、ところどころ形容が姫とは別の何かにふさわしいものなのは、この姫の特徴であろう。
ここは学院内のフランクラン姫の私邸の一室である。
豪奢な長椅子に座して横にいる竜の頭を膝の上に乗せ、杖を持たせた二人の侍女服の娘を後ろに控えさせ、同じく侍女服の娘に報告書を読み上げさせている。
その侍女も伯爵家以上の令嬢だ。杖を持った二人は高等部と中等部。もう一人は初等部でフランクラン姫と同じ歳の公爵令嬢である。
フランクリン姫から漂う年下とは思えない大物感。メルエールは自覚的に小物なので圧倒されるばかりである。
後ろの二人からの威圧。いつでも魔術を使えるようにこちらをにらみつけているのは恐ろしい。
公爵令嬢のできる子感。こちらも年下なのに有能そうで、落第ぎりぎりの身としては劣等感を禁じ得ない。
メルエールは後ろのうさみとともに膝をついて礼を取ったままの姿で、自分に関する報告書が読み上げられるのを聞くばかり。
愛好会に派閥とかあったんだ。
……西華派閥から中立になったってどういうことなの。リリマリィとは普通に話をするし……いやでも確かにワンワソオとリリマリィがお付き合いを始めたという頃から減ってはいるけども。
自分に関する新事実まで明らかになってドキドキである。
そもそも呼び出された時点でドキドキで部屋に入る前にすでにドキドキ最高潮で部屋に入ってからはもうドキドキ限界突破なのであるけれど。
なにかやらかしたら物理的に首が飛ぶ、ということはよほどでなければないにしても、実家に大変な負担が向く。
大体において、明月男爵家は王家に弓引いた家なのだ。
魔術王国サモンサ北部がまだ王国ではなかったころ、現在の北月辺境伯にあたる勢力と戦争をしていた。
当時明月男爵領は王国に属していた。
勢力としては木っ端だが、王国の前線の一つであり、度重なる戦いに疲弊していた。
結果だけ言えば、明月男爵が、敵側に寝返り、そのほとんど直後に敵が魔術王国サモンサと領地安堵を条件で講和。北月辺境伯として封ぜられたのである。
小領主の寝返りはままあることで、戦時中に同じようなことをした家もあった。
そのような家と同様に明月男爵家も一応安堵されたわけであるが。
王家から見れば裏切り者。
辺境伯から見れば外様中の外様で実績もない。
周囲は元味方と元敵。
北以外の貴族からしてみれば、気にするほどのことではないが、別の地方の木っ端男爵などあえて拾う価値もない。
次があるならまた違っただろうが、戦争はそこで終わったため評価は改められることなく定着してしまった。
後知恵で言うなら時機が最悪だった。
かくして“寝返り”の明月と呼ばれるようになり、のちに設定された北管区で孤立することになったのである。
そういうわけで、王家に難癖付けられて潰されることは明月男爵家にとって現実的な脅威なのである。
今そうなっていないのは王家が(明月男爵家の一応の寄り親である)辺境伯を重く見ているというだけのことで、それ以上の理由が加算されれば天秤はあっさり傾くだろう。
今がその時でないとはいつだって言えないのだ。
「どうだ明月、男を寝取られた気分は?」
「ひゃい!?」
なのでさっきまであっちだけでやり取りしていたのに突然話しを振られると緊張しすぎて。変な声が出るぅ。もうやだ。帰りたい。
「姫様、悪趣味です」
「であるか。すまんな明月、色恋というやつには興味があるのよ。そういうことが許されぬ立場故。許せ」
「あっはい恐縮です」
何故か謝られてしまったメルエールは、とりあえず困ったら恐縮ですといっておいたらいいんじゃないと指導されていたので、そのようにした。
「さて今日はお主を呼んだのは他でもない、献策の件なのだが……。そうか明月か」
ふむ、と考え込むフランクラン姫。
これだけで、王族が明月男爵家に思うところがあるということがわかる。
わかってしまう。
メルエールは先祖の行動と現状を恨みつつ次の言葉を待つ。
「そうだな、明月を潰して別に家を立て、お主をわらわの側近とするのはどうだ」
話が飛びすぎてメルエールは返事ができなかった。