剣初心者うさみ 64
「えーと、聞かなかったことには?」
「おジョウさんが私の立場だったらどうですか?」
「そう、そうね」
おジョウさんが珍しく焦っていた。心なしか顔が赤く見える。
バルディに対し、「婿候補」とそう言った。
何がどうしてそうなった。
バルディは驚きを通り越して冷静になっていた。
「実は――」
苦笑いと共におジョウさんの語るところによると。
これまで、おジョウさんの婚姻の予定はは道場の跡継ぎにふさわしい者を婿として迎えるというものであった。
おジョウさんが直接継ぐというのは選択肢としては下位。
これは単純に性別によるものだ。
性差別というわけではなく、適性による区別である。
妊娠や月一のアレで戦闘力が低下する女性は道場の主に向いていないのだ。
実力だけを見れば、関してはおジョウさんは年齢基準では高く、将来性も十分。
少なくとも師範代の域にまでは到達すると見込まれているという。
今後指導経験を積んで師範代、そして師範となり道場を継ぐという目も全くないわけではない。
しかし、闇討ち不意打ちだまし討ちの危険にさらされる悪い意味でも実力主義の業界である。
一時的な能力低下は不利にしかならない。
道場主の敗北は衰退を招く。一門全体への被害になるのだ。
だから、婿を、というのが濃厚であり、おジョウさんもそれを自覚したうえで受け入れていた。
だが先日、男子が、ケンが生まれたのである。
そのこと自体は喜ばしいことだし、おジョウさんも弟が可愛くて仕方がない。
ただそれとは別に、おジョウさんの立場がややこしくなった。
今後、道場は長男ケンに継がせる方向で動くことで合意した。家族、および高弟までそのつもりで考えている。
しかし、ケンが無事に成長するかどうか。絶対確実とは言えない。まだ乳児であるのだ。十歳くらいまでは病気や事故で命を失うものも多い。最善を尽くしても可能性は捨てきれない。
さらに素質や性格が向いているかどうかはまだこれからであり未知数だ。
実力が伴わなければ長男といえど継がせるべきではないという結論になるかもしれない。
そんな時、予備となるのがおジョウさんである。正確にはその婿だ。
まとめると、これまでは道場を継ぐ前提で選定していた婿の条件が、道場を継げる目は少ないが一応予備としてその可能性も含むというふわふわした条件に変わったのだ。
道場を継ぐ可能性があるのなら内向きのことについても教育していかなければならない。
実力も必要だ。
しかしそれだけやっても道場を継げる可能性は低い。少なくとも継ぐことはない前提で周囲は動いている。あくまで予備だ。
歳まわりを考えても、一生のうちでも最も伸びる時期を別のことに振り分けつつ、周りを納得させる実力をつける必要もある。
はっきり言って厳しい条件である。
将来の保証になる物がない。しかしすごく頑張ってもらう。
そんな条件でおジョウさんの婿候補はゼロから検討しなおすことになったのだ。