剣初心者うさみ 63
「前提として、うさねーさんの能力は秘密。これは、うちの流派の秘伝と同じくらい重要な隠し事として考えてちょうだい」
「え。なんで私、そんな重大事を教えられているんですか?」
バルディは耳を疑った。
ばらしたら斬りますと言われているのである。
それなら先に秘密であると、一言言ってくれればよかったのだ。気にはなってもそれならあきらめていた。
にもかかわらず、一門弟のバルディに重要機密のうさみの情報を吹き込むのは一体どういう考えによるものだろうか。
バルディは冷や汗をかいていた。
「ひとつは、バルディくんが既に重要な仕事を任されているから。帳簿の把握は場合によっては秘伝以上の秘密も含まれているわ。今のバルディくんが気付かなくても、中身を知れば辿り着ける剣士はいるでしょう」
「う、それは」
帳簿にはカネとモノの流れがすべて書き込まれている。
それどころか所有資産まで丸裸である。
そのためのものではあるが、その情報は秘密を抱える組織にとっては危険物となりうるのである。
例えば秘密の修練なるものがあるとして、特別な道具を使うのであれば、何を使うのか帳簿を見ればわかる。
剣術、特に対人戦は駆け引きである。
半分遊びのような球打ちの訓練ですらそれがわかる。いかに相手を出し抜くか。一瞬のやり取りでいかに有利をとるか。
そのために血道を開けるところがある。
他より有利をつくるため。
そうでなければ優れた修練法など公開した方が人類全体のためだ。
しかしそれでは飯が食えない。子孫に安定した生活を遺せない。
情報を守ることはその一つの、そして大事な手段である。
「同等以上に重要な秘密を知っているわけだから、もう足抜けはできないのよ。ふふ」
「あの、ちょっと怖いです」
「あら」
おジョウさんの目が妖しく光ったように見え、バルディは背筋がゾクリ。
ぶるりと震えた。
「ごめんね、脅かしちゃって。でもその上で、バルディくんはまじめに頑張っていることは見ていたから。ご実家の教えもあるのでしょうけど、仕事で知ったことを言いふらしている様子もないから」
「それは、仕事を始める前にたとえ親兄弟でも言ってはいけないと、親父にきつく言われたので」
「やはりそうなのね。商家の方はそのあたりそつがないわねえ」
商家をどう見ているのだろう。
武張った方々は、商人など物品を動かして手間賃をかすめ取る輩と見る向きが強いのだが。
おジョウさんは情報の扱いに厳しいことを認識していた。
道場主の娘となれば見方も違うということだろうか。
「それに。鋭いところがあるからね。黙っていても気づくかもしれないし、どこかで勘違いしてそれが広まるのもそれはそれで困る」
「それは……買い被りすぎでは?」
「これについては師範も同意見です。鋭いところを見せたり、あえて踏み込まなかったり。境界線ギリギリで次をどちらに踏み出すかわからないから、内側に入れてしまう方がいい、とね。これまでの貢献も踏まえてだけれど」
まじめに仕事をしていたのがよかったのか。いや変に秘密を共有させられたのは本当にいいことなのだろうか。わからない。
だがまあこうなった以上前向きに考えた方がマシだろう。
斬られるのは嫌だから選択肢などない。
「うん、いいわよ、その顔。腹が据わったわね。それでこそあたしの婿候補」
「えっ?」
「あっ!」
今なんと?
バルディは固まった。