剣初心者うさみ 58
「そっか、同期の二人に負けているのが悔しいと」
「まあ、そういうことです」
おジョウさんと話しているうちに、バルディは気づけば自身の悩みを話してしまっていた。
おジョウさんは踏み込み方が上手い。あるいは気の使い方が上手いともいえるだろうか。
人に話す気がなかったことを、あまり嫌な気分にならぬままついつい話してしまったのだ。
「うーん、自分でも気づいているみたいだし、気を悪くしないでね?」
「はい?」
「それはね、うちじゃよくある悩みなのよ。三人一組で行動している都合、一人が一歩遅れる例は、まあ三組に一組くらいはあるわよね。時期にもよるし」
「ああ、そうだったんですね」
言われてみれば、それは自然なことのように思える。
最近こういったことがしばしばある。バルディは自身の視野の狭さを感じた。
逆に考えれば、世界を広げているのだともいえるかもしれない。
どちらが正しいか判断することは、今のバルディにはできなかったのでひとまず棚上げだ。
「先輩方はどうされて来たんですか?」
前例があるなら対処の方法もあるだろう。
そう思って尋ねてみた。
以前にも、困った時は先達を頼るようにと、指導されているのだからはばかることもないだろう。
逆になぜ今までそうしなかったのか。劣等感を知られるのが嫌だった?
思わず自己分析を始めるところでおジョウさんが話し始める。
「そうね、自分で乗り越える人もいれば、相談に来る人もいる。落ち込んで調子を崩したり自棄になる人いたわ。目に余るようなら、師範代や先輩が声をかけることもあるわね」
「私は目に余りましたか」
「どう思う?」
質問に質問で返すのはよくないとバルディは思った。
「怪我や病気で動けないときは、ということですか?」
「ふふ」
おジョウさんは笑うだけではっきりとは答えてくれなかった。まあ、そうだということ考えていいだろう。
「環境は同じようでみんな違うからね。バルディくんの年頃は身体の成長の速さに差がある時期だし、ミーナちゃんは身体能力が高い種族でチャロンくんも力が強い種族の血が強めのようだから、一時的に先に行かれているように感じるのはわかるわ。実は私の同期も獣人族でね」
「そうだったんですか」
「ええ。今は魔物狩り業に就職したからたまにしか道場に来ないけどね」
若葉組で基礎を習得した後どういう道を選ぶかは人による。
おおむね十五で若葉組は修了となるので就職するのである。社会常識として親の養育義務がそのあたりとみなされているのだ。働かなければ食べていけない。
外に稼業を持った場合、当然だが道場へ通う頻度が減ることもあるし、来なくなることもある。
荒事と無関係な仕事に就けば梅組、荒事なら竹組へ。
剣士として有望なら内弟子として松組に誘われる場合もある。
「バルディくん。魔物はね、人間より身体能力は高いのよ。ものによっては大きさも体重も何倍、何十倍もあるものもいる。でも人間はそれを狩ることもできる。もちろん大勢の被害者が出ているわけだから、大きさや力の強さが脅威でないわけではない」
「はい」
「ではなぜ勝てるのか」
「それは、人数を揃えたり作戦を立てるからですよね」
「そうね。そして技術と知識、スキルもあるわね。様々な要素を組み合わせて人間は魔物と戦って、勝ってきたのよ」
おジョウさんが何を言おうとしているのか、だんだんわかってきた。
「身体能力や体の大きさは重要だけれどすべてではない。ということは、実感したことがあるわよね」
「あります」
剣術大会で一本取った時のこと。
自分より総合的に強い相手でも一瞬だけなら出し抜ける。
ならば少々の身体能力程度。
「それにね。人族の種族特徴は適応力だといわれているわ」
「適応力?」
「そう。すべての人類種と子供を作ることが出来、尖った能力がない代わりに、多くの環境に適応できる、ってね。実体験からなんだけど、これって一番になれなくても一番についていくことが出来る力だと思うの」
「一番についていくことが出来る力、ですか」
例えば瞬発力でミーナに及ばなくても。
持久力でチャロンに及ばなくても。
ついていくことはできている。
例えビリでもだ。
「諦めなければね」
それは、前提だろう。
「実は一人得意分野がある人がいる組は、三人ともその分野が伸びやすくなることが多いのよ。だから、出来るだけ得意分野が違う種族を集めて組にするようにしているの」
「とすると、私たちは」
「いえ、バルディくんたちは時機の都合で決まったのよ。ちょうどよかったのは確かだけれどね」
なかなか臨機応変のようであった。
「先を行かれていると思うならついて行きながら学びなさい。先を行っていると思うなら自分が道を切り開きなさい。同期の三人は敵じゃなくて仲間なのだから」
「おジョウさん……」
「と、いうのはあたしも教わったことなんだけどね」
ちょっと感動しかけたがオチがついたのであった。
もっとも、最後におジョウさんが悪戯っぽく笑ったのがかわいかったのでバルディは満足したのであった。