剣初心者うさみ 51
道場破りであるとわかり、立ち番の先輩二人が腰に提げた剣に手をかける。
しかし、天下一剣流ザンバは動じる様子はなかった。もともと、間合いは絶妙に外れていた、とバルディは思う。そこまで把握しての言動だった。
「貴殿らがこの道場で最も強いのかな?」
と確かめるように言葉を重ねられ、先輩方は剣を抜くのを止めた。
ここで問答無用に斬りこんでくるような相手ではないとわかり、ひとまず様子を見る流れだ。
しかし剣はいつでも抜けるようにはしているままである。
「しばし待たれよ。バルディ、奥に伝えてきなさい」
「はい!」
道場破りザンバと先輩方を置いて、バルディは奥へと駆けだした。
そして暫時の緊迫した時間を置いて、バルディが道場から人を連れて戻ってくる。
一人はおジョウさん。バルディが先導し、松組の中でも腕がよく酒を飲まない者を二人従えている形である。
そしておジョウさんはザンバの前に進み出る。
「天下一剣流ザンバ殿、わたくしは一距両疾流門下を取りまとめる者の一人、シ・ジョウと申します。道場主であり我らが師、シ・ハンの下へご案内いたします。こちらへ」
「うむ」
一距両疾流は、天下一剣流ザンバを敷地内へと迎え入れた。
おジョウさんが先導し、ついていくザンバの斜め後ろに松組の先輩が二人つく。
ザンバにしてみれば敵地で囲まれた状態であった。
しかし、堂々とした様子を崩さない。
恐るべき度胸といえよう。
バルディは役目があるので指をくわえて見送ることになるところだったが。
「見てきても構わんぞ、というか見てきて様子を教えてくれ」
と門衛の先輩に言われて後を追った。
「驚かないでいただきたいのですが」
「うむ?」
バルディが道場の手前で追いつくと、扉を開こうとおジョウさんが手をかけているところだった。
「当家でつい先日慶事がありまして」
と言っておジョウさんが道場の扉を開くとそこには。
宴会場が広がっていた。
「なんと!?」
扉が開くと同時に喧騒が広がり、数々の料理と酒瓶が並べられ、門下一同が飲み食いしていたのである。
ここまで動じなかった道場破りザンバがここで初めて揺らいだのだった。
「実はシ・ハンに息子が生まれまして、祝いの宴会中なのです」
「おうおう、貴殿が天下一剣流ザンバ殿か! そんなところで立ってないでこっちに来てまずは一杯飲んでくれ!」
「な、なに!?」
「すみません、あれがシ・ハンです」
ハン大先生は酔っぱらっていた。
そしてこの場にいる半数以上は酔っぱらっていた。
妊娠していた奥様が男の子を生んだのがつい二日前。
それから一距両疾流道場は門下一同お祭り騒ぎが続いているのである。
「むう、これは……!」
「なんだァ? 祝いの振る舞い酒も飲めぬものとは立ち会わんぞ」
ザンバが戸惑っているのを見て、ハン大先生が絡む。
ここで問答無用で切りかかり、勝ったと喧伝して看板を奪って逃走する、その選択肢がザンバにはあるだろう。
しかし、しらふの者もおり、少なくとも二人は後ろに、道場の中でも警戒している者がいた。
さらに。
「祝いの宴の最中、しらふで主催に切りかかるような無粋な御仁では、ございませんよね?」
「ぬ」
ザンバがそう考えるかは不明だが、そういう考え方をする者はいる。
道場破りという無礼の中でも本人の中での筋が見え隠れするザンバがそれをよしとするかというと、どうか。
「酔っ払いを斬っても名誉にはならんな。ご相伴に与り申す」
「それではどうぞ、こちらへ」
最終的に道場破りザンバは散々に飲み食いし、弟子の一人と飲み比べで勝ち、お土産まで渡されて千鳥足で帰って行った。
バルディはその全てを見届けたわけもなく、料理をくすねて門衛の役目にもどったのだった。