剣初心者うさみ 43
「これは……!」
道場にお泊りすることになって、バルディはすごいことに気が付いた。
どうすごいってそれはもうすごいのだ。語彙が貧弱になりすごいしかなくなるくらいだ。
その気づきとはなにか。
夜中に帳簿の仕事をすれば、休みの日は朝から自由に時間を使える!
ということであった。
「バルディ君、夜は早く寝なさいな。夜は早くしっかり寝ることは、成長期には特に大事なのよ」
「もうちょっと、もうちょっとで終わるんです。ミスがなければ!」
夜中まで算術具を弾いていると、おジョウさんに注意されるが、途中でやめて日をまたぐのはミスを誘う危険がある。手を付けた以上は最後までやってしまいたいところ。
手元を照らす明かりの魔導具もお泊り準備のために護衛付きでもどった際に実家から持ってきたものだし、道場への負担はないはずだ。
なのでもうちょっと、ちょっとだけ。最後まで、最後まででいいですから。
バルディがお願いすると、おジョウさんは困った顔で。
「しょうがないなあ。それなら、注意なんだけど、夜中は道場に近づかないように。内弟子以上限定の秘密特訓をやってることがあるからね」
「なんですかそれ、すごい興味あります」
「ただのつらい修練よ。門外不出だから今のバルディ君に見られると斬らなくちゃいけなくなるからね?」
「ひぇっ」
おジョウさんが普段とは違う恐ろしく冷たい目をしたのでバルディは思わず身を竦ませた。漏らしてはいけない。二つの意味で。
「まあ、バルディ君はやる気もあるし、こうして道場のお仕事もしてくれているしでおと……師範も囲い込む気満々だから、殺すまではいかないかもしれないかも」
「えっ……ああ、そうですよね」
囲い込むつもりというのは、バルディはこれまで考えていなかったが考えてみれば当然だった。
帳簿をつけるということは帳簿を見ているということだ。
球打ちの修練の時「ああ、このためにあんなものやこんなものを購入しておたのか」と思ったように、帳簿から推察できる情報は多々ある。
これは何に使うのだろうかという物や、なぜこれほど多く購入しているのかという物など想像を働かせる余地はたっぷり詰まっており、バルディが知らない情報を持つ者であれば、バルディが持っている情報を合わせれば、一距両疾流が知られては困る事実にたどり着く可能性は十分以上にあるのだろう。
当然それは一距両疾流道場にとって歓迎できることではない。
だとすると、帳簿の仕事の打診の時点で囲い込む気だったということか。
いやむしろ、父に紹介されたところから仕込みだった可能性もある。
バルディは掌で踊らされていることに戦慄を覚えた。
でもまあ特に問題はないし道場の都合と父の親心の利害が一致したのだろうと思いなおしたので直ちに影響はなかった。
なお、後にどちらもそんな深い考えはなく、偶然の成り行きだったということが分かり、改めて戦慄した。あぶねぇ斬られてたかもしれない。
ともあれ、今回のことで帳簿の締めの日は道場へ泊まり込めばよいのではないかとバルディは思い至ったのである。