剣初心者うさみ 41
剣術大会が終わると新年を迎える祭りである。
正確には剣術大会が祭りの一部だ。
祭りで騒ぎ、年が明ければ三日間は静かに過ごすのが慣例だ。
そして年明け最初の道場の日。
バルディは謎の男たちに襲われた。
覆面で顔を隠した大柄の男たちである。
少なくとも三名。二人に挟まれてさらに一人は別にいた。
道場へ向かう途中の路上にて、木剣で打ちかかってきたのである。
「身の程を知るがよい」
という言葉と共に。
この窮地にあたり、バルディの選択は即座の逃走であった。
襲われた場所は普段の行動範囲で地の利はあり、二対一は慣れており、逃げ足は走り込みを欠かさぬことで鍛えている。
有利な点が三つもあったので逃げるだけなら可能だった。
道場への道に伏せられていた刺客も走り抜け、道場へ飛び込んだ。
「あら、慌ててどうしたの? もしかして……」
「はい。言われてたやつです。あ、今年もよろしくお願いします」
「はい、今年もよろしくお願いします。そっか、やっぱりバルディ君のところにも行ったかー」
おジョウさんのお迎えの言葉にバルディが答えると、道場の入り口に控えていた門番を兼ねた内弟子の先輩が外に出ていった。
実のところ、こういうことがある可能性については指摘されていたのである。
迎えを出すかと提案を受けていたのだが、断ったのだ。
今となっては甘く見ていたと認めざるを得ない。
原因は、剣術大会である。
バルディは初戦敗退したわけだが、対戦相手も次で敗退した。
実は相手は本選出場の有力候補であり相応の自負と期待を背負って出場していた。
要するに逆恨みで闇討ちに走るやんちゃ者が出たということだ。
本人とは限らない。
応援していたものかもしれないし、選手に賭けていて大損した者かもしれない。
前例ではそのあたりであったそうな。
そう、前例。
これが大会前にみんなが口を濁していた出場しない理由であり、出場した先輩の一人が変に盛り上がっていた理由でもある。
一距両疾流若葉組の出場者は番狂わせを起こすことがしばしばあるのである。
さほど強くないのに倒すのを苦労するのだ。
そのため、恨まれることがある。逆恨みだとしてもだ。
それを楽しむような先輩もいるが、さておき。
大会の遺恨は残さないというのが建前である。
また、当然ながら、闇討ちは犯罪である。
しかしバレなければ捕まらない。
剣士にとって闇討ちされるのは名誉なことではない。撃退すれば高評価を得ることもあるが。
被害者が申し出ず、目撃者もいなければ捕まることも罰せられることもない。
と、考える血の気の多いのがいるのだ。
実際には、道場のメンツをかけて戦争になる場合もあるため極めて危険な行為であるのだが。
しかしこれまた当然ながら、道場同士の戦争など剣の街の施政側からすれば許せるものではない。
それが起きてしまうと剣士の聖地の収拾がつかなくなる。
街を維持する邪魔になる者は排除されることになるだろう。街全てを敵に回して勝てるほどの実力者でもない限り。
だがそれはそれとして、闇討ちに走る者やそれを撃退する者に対して寛容な気風もまた存在する。
それは剣の街であるからであり、若いうちは多少のやんちゃは目こぼししてやるべきという武力で立つ者の先達の余裕でもある。
言い換えると、「俺も若い頃はやんちゃをしたもんだ、若い頃はそれくらいがちょうどいいのだわっはっは」ということである。
まとめると、やったらだめだよ(でもそんなに厳しく取り締まらないよ)ということだ。
やらかすのは、概ね物の道理を知らない若いのであり、大人はそれが致命的にならないように動いた上で、体験させてから教育するという手法を取ることが多いらしい。
この後バルディも十年くらいかけてそういった空気を学ぶことになる。
この時点では、元が商家の出身であったこともあり、そんな馬鹿なことが本当にあるのか、といったところであった。
「それじゃあ話をつけるまで、バルディくんは道場にお泊りだからね」
「えっ」
後の話。犯人は捕捉されたが公的には罰された者はいなかったらしい。
また、犯人の中にバルディの対戦相手はいなかったそうだ。
それ以上の話は闇の中ということで、バルディの知らないところで手打ちになったのであった。




