剣初心者うさみ 39
その後、二本目はひたすら逃げ回ることになった。
剣士が剣を手放すとはどうだこうだと怒りの敵手ゴウゲンが振り回す巨剣に対し、バルディは短剣を投げたが今度は回避され、もう一本の剣で止めようにも体ごと持って行かれそうで、こちらも回避に専念するしかなかったのだ。
腕力だけでなく、踏み込みの速さもゴウゲンはバルディのずっと上を行っていた。
攻撃力範囲も広く容易に受けを許さない巨剣は厄介で、かといってバルディが踏み込むのも難しい。
なぜならそのための修練を積んでいない。一本目は破れかぶれで割り切った突撃だったのであり、奇襲であったからこそ通じたのだ。現に二本目の短剣は防がれた。
相手が振り回した直後を狙って踏み込もうとするもなかなか隙を見出せなず次の攻撃がやってくる。
それでも逃げ続けることが出来たのは、一つは走り込みと球打ちで培ったスキルのおかげだろう。
見えないところからの攻撃に反応する危険感知。危険度が大きければ大きいほど反応は強くなるため、初心者のバルディでも巨剣の攻撃範囲と攻撃の機を把握する助けになった。
そして回避。単純に自身の力を底上げするスキルであるため小さくとも効果がある。
鎧を身に着けての激しい運動も体力向上に役立っているし、走り込みも同様だ。
防御面に関してはまだ通用する余地があったのである。。
相手が巨剣をつかうためにどうしても大振りになることが回避に専念する上では有利に働いた。ゴウゲンの武器がもっと小さいものであれば、危険感知の働きも弱くなっていただろうし、小回りが違うのでもっと早く捉えられていたかもしれない。
一方で巨剣の攻撃範囲がバルディが攻める機会を失わせることにもなっている。
さらに、相手に焦りがあったことも大きな要因だろう。
経過はどうあれバルディが一本先に取ったのであり、これが相手に重圧となって焦りを生んだと思われる。
相手としては格下に負けるなど認められるわけがない。子どもの部でも剣士なのだから、油断して負けるのは恥である。
その状況でバルディがギリギリでもうまく逃げ回ったわけである。
これが相手の疲れを早める効果はあっただろう。
結果試合は長期戦となった。
逃げるに集中するあまり、積極的でないと警告を二度もらった。
お互い疲労で息を荒げ足がふらつくところまで行った。
しかし、やはり身体能力で長じるゴウゲンが有利であり、バルディは徐々に追い込まれていった。
最終的には追い詰められたところで地面を払うように振り回された巨剣に引っ掛けられ、体ごと宙に飛ばされて落ちるところで記憶が途切れたのだった。
「というところまで覚えてる」
「そのあと地面に落ちて気を失ったですの。戦闘続行不能で失格ですの」
「そっか……」
「目を覚まさないから先輩に手伝ってもらって道場まで運んだですの。おジョウさんは他の皆様の監督で残っているですの」
「今なんどき?」
「もうすぐお昼ですの。食欲は?」
「ああ、うん、食べたいかな……いてて」
長時間寝ていたわけではないらしい。
体が痛いのと、だるいのと。起きてすぐはお腹が減っている感じはあまりなかったのだが、尋ねられると急になにか食べたくなった。
「その前にちょっと怪我の様子を見せてね」
「え、あ、はい」
「その間に準備して来るですの」
ミーナの後ろに控えていたうさみが前に出ると、ミーナは立ち上がった。
「あ、そうですの。一本取ったのすごかったですの」
そう言って珍しく笑顔を見せた後、部屋を飛び出していった。
そんなミーナを見送って、バルディはうさみの診察を受けた。
この子どもみたいなちっちゃいの、怪我を診ることが出来るのかと思ったが、意外にもうさみの態度はこなれたものであった。修練中に怪我をした際に師範代が応急処置をするのをほうふつとさせる手際の良さがあったのだ。
そのため意外に思いつつもそういうものと受け入れられたのだった。
それから、戻ってきたおジョウさんから、バルディの対戦相手が二回戦で負けたことを知らされた。
一回戦の疲労が残ったせいで本来なら格下であろう相手に押し切られたらしい。
実のところ、本選濃厚な強豪だったらしいのだ。
それならば、彼に対して一本取ったのは奇襲だったとしても誇れるものなのではないかとバルディは心の中で少しだけ満足したのだった。
なお、同門の先輩のうち一人が本選に勝ち残ったそうで、後日みんなで応援に行ったが一回戦で負けた。