剣初心者うさみ 32
「なるほどね。おねーさんに任せなさい!」
力強く告げて食卓のある部屋を出ていったおジョウさんは大きな棒を抱えて戻ってきた。
大の男の身長より長く、何かが巻きつけてある様子。
一人では持てないのでうさみに運ぶのを手伝わせ、壁や柱に当たらないように注意を払っている。
「これは?」
「まあ見ていなさいな」
おジョウさんたちは棒を部屋の壁の一面に棒を設置し始める。
棒は掛け軸であった。あまりに大きいのでぱっと見判断できなかったが、そう思ってみれば見間違えようがなく掛け軸だ。
掛け軸というのは棒と紙、あるいは布を組み合わせて作ったもので、書や絵を展示する表具の一種である。
棒でできた軸を中心とした巻物状で、巻物として保存性を高め、ぶら下げて広げることで鑑賞することができる。
しかしこれだけ大きな掛け軸は珍しい。
とバルディが思っていると、おかしなことに気が付いた。
開けば絵画や書が張られているのが通常であるのだが、何も張られていないのだ。
いや正確には、白い紙が張られている。
シミもなく丁寧に扱われていることがわかるが、真っ白。
なんだろう。この白さが芸術とかそんなやつだろうか。そうだとしたらバルディには高尚すぎる。芸術家というのは時々難しいのだ。
「よしできた。ありがとう、うさねーさん!」
「はいはい」
「あの、この掛け軸は?」
いつもの仲の良さを発揮している二人にバルディは尋ねた。いつもなのでもう慣れており、放置すると話が進まないのだ。
大きな白いだけの掛け軸。
これは一体どういうものなのか。
しかし、おジョウさんから答えが返ってくる前に、バルディはその答えを知ることになった。
突如一面の白が消え、青空と大地と、あと人間が掛け軸の中に現れたのである。
「え。あれ、チャロン? 他も先輩だ。ミーナもいる」
現れた人間たちは皆見覚えがある者たち、バルディの同輩と先輩であった。
さらに言えば彼らは休日である本日、野球を楽しむために荘園へと向かった者たちであり、現れた姿は今まさに野球を楽しんでいる姿であった。
しかも動いている。
バルディは掛け軸を二度見した後、おジョウさんへと視線を向けた。
おジョウさんは自慢げに笑みを浮かべていた。
「これは領地の様子を見るための魔導具なの」
「え、この大きさの映写具ですか!」
バルディはすこぶる驚いた。
遠くの様子を見るための魔導具は古くからある。最高峰としては遠見の水晶球などだろうか。
ここにあるのは映写具という比較的新しく広まったものだ。
映写具の画期的なところは大勢で同時に見ることが出来ること。それまでは道具の使用者が一人で見るか、近くに集まって数人程度で見るか
平面に映し出すことでみんなで一方向を向いて同じものを見ることが出来る。
この利便性は大きい。
ただ、映し出す面の大きさに比例して値段が跳ね上がる。
部屋の一面を半分以上占有するほどの面をもつ映写具はそれはもう。
「どこにそんな予算があったんです」
非常に高価なのである。
道場の年収でもちょっと買えないかもしれない。
「昔からあるやつだからわからないわね」
「ええ……?」
そこで、小気味いい音が青空の下に響きわたり、歓声が上がった。
「うーん、参加したい……」
映写具を見ると、先輩の一人が巧く打撃に成功し駆けだしたところである。
バルディはそれを見て野球やりたかったことを思い出し、思わず口に出してしまったのであった。
「まあ、今日は観戦で我慢してちょうだいな」
「はい、わざわざありがとうございます」
「いいのいいの」
映写具で遊んでいる場面を見てますます自分も遊びたい欲が高まったが、わざわざ高価な魔導具を引っ張り出してくれたおジョウさんに窘められた。
わざわざ自分のために動いてくれたおジョウさんとそれを手伝ったうさみにバルディが礼を言うと、おジョウさんはカラカラと笑うのだった。
逆効果でも厚意で動いてくれたことには変わりはないのだ。それについては感謝しているし、観戦だけでも楽しめるのも事実。
ただ野球したいなあとますます思っただけである。
それはそれとしてバルディは時間の運用について前よりも考えるようになった。




