剣初心者うさみ 31
小気味いい音が青空の下に響きわたり、歓声が上がるのをバルディは耳にする。
「うーん、参加したい……」
どこか遠くから聞こえる音が、バルディに思わずため息をつかせた。
剣の街の近郊にある一距両疾流道場が所有する荘園。
流派の三代目当主の頃に戦働きの見返りに得た小さな領地である。
小さな、とはいうものの、道場の大事な収入源であり、同時に修練の場でもある。
屋外や広い場所で行う方が効率が良い修練もあるし、基本的に荘園に無断で入ってきた者は好きにしていいので外部に秘匿したい修練を行うのに都合がよいのである。
そんな一距両疾流屋外修練場において、道場の休日にしばしば行われているものがある。
それが野球であった。
球打ちの修練に似通った部分はあるが、より平和的であり、多人数が参加できる遊技である。
ただ、決まりごとがなかなかに多いのが始めるにあたって苦労するのだが。
基本的には特に気合を入れて作った球を投げ、専用の抜刀と呼ばれている棍棒のような道具で打ち返す行為を軸となっている。
これに陣取りなどのいくつかの戦いを模擬化した要素を付け加えてあるのだが、それはよしとして。
この決まり事を総合すると、より遠くに勢いよく球を撃ち返すことがひとつの正着手となる。
つまり修練と違い、思い切り球を打つことが出来るのである。
球を抜刀の真芯でとらえ打ち返した時の感覚は、なかなか味わえない爽快感があるのだ。
一距両疾流の門下生には休日にこの遊技を楽しむ者が多かった。
中には修練よりも注力して呆れられる者もいるほどだ。
しかし、球を投げ、打つことが出来なければ楽しめない。これはなかなか難しいことなのである。
人が多い街中で物を投げることは推奨されないため、投げるという行為そのものの経験がろくにない者もいる。
それを迎撃するとなるとなおさらだ。
であるので、球打ちの修練にある程度熟練するまでは、この楽しい遊技は秘密にされており、バルディたち三人にも最近ようやく声がかかったというわけである。
そしてこの遊技が見てよし参加してよしという奥深い競技であることをその身で実感することになったのだ。
ところでバルディは道場の休日に仕事を持っていた。
帳簿つけである。
必ずしも毎回ではない。
しかし、バルディにとっても、道場にとっても重要な仕事でありおろそかにするわけにはいかないものだ。
「野球しようぜ」
「仕事があるのでまた誘ってください」
というわけだ。
悲しみを背負ったバルディが野球したいなあと思いながら仕事をする。
ところで仕事の日は道場にいるわけのでご飯をごちそうになることも多い。
その日もおジョウさんやそれぞれの理由で道場に残っていた門下生たちと一緒に食卓を囲んでいたのだが。
「どうしたバルディくん」
おジョウさんがバルディの悲しみを感じ取ったのか、面倒見の良いところを発揮させたのだ。
遊びのことで仕事や道場のことに支障があってよくないと思い、なんでもないとごまかそうとしたが、おジョウさんには通じなかった。




