使い魔?うさみのご主人様 33
それから、特に大きな問題もなく時間が過ぎていった。
ワンワソオ黒森子爵嫡子はメルエールに絡んでくることはなくなった。
かわいい使い魔愛好会は学院所属の魔術士のうちの四分の一が参加する巨大組織となった。
メルエールは創設会員として一目置かれ、頻繁に話しかけられるようになり、友達も増えた。
勉強会のおかげで成績もどうにか持ち直し。
魔術の実力も大きく伸びることはなかったが、最低限の水準に達しており、落第は回避できそうだ。
使い魔戦闘遊戯の大会に参加を打診されたが断った。
偉い偉い上級貴族のみなさまとも知己になり、あたりさわりのない関係を築くことに成功した。
黎明からの特訓は終わったが、体を動かさないとなんだか落ち着かなくなったので日の出くらいに起きて運動をするようになった。
抱えていた問題のうち、喫緊の者は解決し、メルエールは平和な生活を享受していた。
あと残っている問題としては、家族のこと、家のこと、金のこと、うさみのこと、一緒の寝台で寝るのが常態化してしまったことと、それからそれから。
結構あった。
抱き枕というものがある。
寝るときに頭の下に置く枕同様に寝具であり、文字通り抱き着いて使う。
あまり一般的ではないが愛用者は少なくもないという代物だ。
人によっては愛玩動物を抱き枕の代わりにする者もいるとか。
ところで使い魔は召喚の際に種類や外見をある程度指定することができる。
かわいい使い魔愛好会の会員などに顕著だが、好みの見た目の動物などを召喚して愛玩動物としての役割を兼ねさせる場合もある。
使い魔を愛玩動物のように扱いことはある。
愛玩動物を抱き枕のようにして眠る者もいる。
なのでうさみを抱いて寝るのは別におかしなことではないのである。
あったかいし。やわこいし。はだざわりもよい。
暑い季節になってきたら嫌になるかもしれないが。
いまのところ寝付くのにちょうどいい感じ。
なのでおかしなことではないのだ。
さて、そのうさみ。
寝付くのが早く、寝台に上がると瞬く間にすやぁ。
起きるのも早く、大体メルエールを起こしてくれる。あさだよーと。
昼間眠そうにしていたり他の使い魔に埋もれて寝たりしている。犬系の使い魔が近づくと飛び起きて逃げ出す姿は名物になっている。
まるで子どものような挙動だが、騙されてはいけない。
こいつは危険生物エルフなのである。
メルエールは森の中で恐ろしい目に合ったことを忘れてはいない。
ただ抱き枕にすると大きさとかもちょうどいいので……それはまあいい。
その抱き枕だが、夜中抜け出してどこかへ行っているらしい。
らしいというのは、誰にも目撃されていないので真偽がわからないからだ。
気づいたのはもちろんメルエールだけであり、特に相談もしていない。
なぜならうさみはメルエールの最高機密、実は使い魔じゃないんだよマジかよばれたら退学なという危険情報なのでその扱いに関しては細心の注意が必要だからだ。
どうして気付いたかといえば、夜中ふと目が覚めたときに腕の中にうさみがいなかったからである。
用を足しにでも行ったのかと思いしばらく待ったが帰ってこない。
よくよく考えると、うさみはごく初めの頃から夜中に抜け出してマズい緑汁とかクソマズい薬とか作ってくれていたわけであり、別におかしなことでは……あるけれど、今更でもある。
そう考えて寝直した。
翌朝帰ってきてメルエールを起こしてくれた。
別の日にも、同じようなことがあった。
さらに別の日、メルエールはちょっといたずら心が芽生えたので、うさみが出かけられなくしてやろうと企んだ。
逃れられないように手足をしっかり絡ませて寝たのである。あったかーいむにゃむにゃとかいいながら。
しかしその日も抜け出されて朝起こされた。
寝てしまった後に拘束が解けてしまったのだな。
メルエールはそう考え、よしじゃあ今度は寝ないで捕まえておこうふふふ、ということで、翌日が休みの日に実行することにした。
そして決行の日。
メルエールはうさみをぎゅーと抱きしめて足を絡めて寝たふりをしていた。
これがなかなか、意外と大変だ。
大体からして夜なので眠い。
ずっと寝たふりするのもつらいものがある。
うさみを拘束しつづけるのも、思ったより負担だった。
なるほど寝てたら拘束がはずれてしまうわけである。
メルエールはそんなことを思いながら、うさみが抜け出そうとするのを待つ。
待つ。
待つ。
そういえばいつ頃抜け出すのだろうか。
いつまでこうしていればいいの
待つ。
待つ。
待つ。
なんか飽きてきた。
もう寝ようかな。
そう思い始めたころ。
うさみが行動を起こした。
ぬるり。
別に濡れているわけでも、ぬるぬるなわけでもない。
しかしそうとしか表現しにくい感触とともに、うさみがメルエールの拘束からあっさりと抜け出す。
そして音もなく寝台から降り立ち、使用人室への戸を開く。
ぎぎぎいいいいいいいい。
不思議と音がよく響く。うさみの足音は全く聞こえないのに。油をさしたほうがいいかもしれない。
そして使用人室で、箪笥の音。
なるほど着替えて出かけるわけだ。
メルエールはそう了解し、自分も着替えることに決める。
しっかり拘束していたはずなのに簡単に抜け出されてしまった。
なんだかくやしい。
なので追っかけておどかしてやろう。
半ば眠気に浸食された頭の判断で、メルエールは行動を決めたのだ。
翌日着る服はうさみが用意しておいてくれているのですぐに着替えることができる。
運動用のほうでいいな。
こうしてメルエールは使用人室のうさみにばれないように服を布団のなかに引っ張り込み、ごそごそと着替えるのだった。