剣初心者うさみ 17
ミーナはヤッテ家の家人である。
ヤッテ家は剣の街の有力者の中で、剣の道場をもっていない家だ。
しかし鍛冶ギルドを抱え込んでいるために、剣の街においてなくてはならない存在であり、大きな影響力を持っている。
ミーナの一族は代々ヤッテ家に仕えており、当代ヤッテ当主の娘と同じ年ごろということで抜擢され、直属の従者となるべく教育中の身の上だ。
うまくいけば護衛を兼ねた世話係として一生を共にすることになる。
似た立場の者が他にもおり、剣の街の別の道場に通っている。
ヤッテ家が特定の道場や流派に肩入れしているわけではないと示しているのだ。
そうして、お世話能力、護衛能力、主に気に入られること、この三点で評価し、もっとも適当な者が主たるヤッテ家の令嬢の直属となるのである。
令嬢は後継ぎとなる可能性は低いが、政略結婚で外に出る可能性が高いことから、評価は辛いものとなる。
令嬢のおつきがしょぼくては嫁を出す方ももらう方も面子に関わるからだ。
そのため、日夜厳しい競争にさらされている。
「悔しいですの。問題ですの」
そんなミーナに、バルディは呼び出された。
道場裏の人気がない場所。
修練の後、夕日が差す時間帯。
何の話だろうとドキドキしながら向かうと、いつもの薄い表情でお怒り口調のミーナがいたのだった。
ミーナは褐色のくせっ毛で頭の上に耳がある猫系の獣人族だ。
ただし猫人族らしいむらっけはなく、真面目な印象をバルディは持っていた。
猫系だが猫人族ではないのかもしれない。
身長はバルディより少し高い。この年頃は女子の方が成長が早いという話なので悔しくはない。ないったら。
表情の動きが少ない娘で、そのせいか何を考えているかつかみにくいところがある。
たまに切れ長の目でじっと見つめられることがあり、その姿獲物を狙う肉食獣を思わせ、ゾクリとさせられることもあった。
ともあれ普段あまり表情を動かさず淡々としているミーナの、このたびのお怒り口調にバルディは少し驚いた。
「どうしたですの?」
「貴方がですのはおかしいですの」
思わず尋ねるとですのを否定された。つられただけなのに。
バルディはちょっとムカッと来て、そのせいで口が滑った。
「でもミーナもですのはおかしいでしょ!」
「これは主命ですの!」
なかなかに強い口調で言い返された。
五年前に主たる令嬢に指示されたのだという。
それ相手もう覚えてないんじゃないかなとバルディは思った。五歳だし。
口に出すのはやめておいた。マズければそのうち直されるだろうしそこまで踏み込む関係でもない。剣を学ぶ仲間ではあっても、家族とか勤め先のことに口を出すのは筋が違うと考えた。
さておき。
「ああも、毎日馬鹿にされるのは悔しいですの。それに、従者を軽んじられるのは主家の恥につながるですの。いつか奴を斬らねばならなくなりますの。それは困るですの」「ああ、うん、そうだね」
問題はチャロンのことだった。
おそらくチャロンは思ったことを口に出しているだけなのだろうが、バルディとミーナがどう受け止めるかは別の問題。
ミーナはチャロンに舐められていると感じたようであった。
三人一組にされた以上同格であるが、現状一人だけ頭一つ抜けている状態だ。
それだけならよかった。
チャロンがバルディとミーナが足を引っ張っているように受け取れるようなことを繰り返し口にするようになったのがマズいのだった。
ミーナ自身の感情以上に、従者を通して主家が侮られていると、受け取られる可能性がある言動をした者、それを許した者、どちらもよろしくないことになりかねない。
当たり前だがミーナ自身もそうなることは望んでいない。
二人が、いやせめてミーナがチャロンに追いつけばいいのだが。
「修練の量は決められているからねえ」
「ですの」
師範代からは、道場外での剣の訓練を禁じられており、また修練の内容、今回の場合素振りの回数だが、都度指示される回数までに制限されていた。
どうも、ちょうどいい具合、といった目安があり、体の成長に合わせて徐々に解禁していく予定らしいのだ。
自主練習を封じられてしまうと追いつくのはなかなかに難しい。すでに先にいる相手と同じ修練をするのだから。
逆に考えて、チャロンを黙らせればいいという考えもあるが。
「奴が黙れるとは思わないですの」
「否定できないし、仮にできても矯正は時間がかかりそうだよね」
チャロンの思ったことを口に出すのは癖のようなものだろう。
さらに本人におそらく悪気はないのだ。
それをやめろというのは言うは易しであろう。




