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うさみすぴんなうとAW  作者: ほすてふ
剣士編

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剣初心者うさみ 8

「おぅい、ダン屋の。バルディ」

「何ですか(おお)先生」


 バルディが水汲みを終わらせ、若葉の先輩方と道場へ向かっていたところ、ハン大先生からお声がかかった。


「ちょっとこっちに来なさい。ああ、お前たちは行っていいぞ」


 大先生に声を掛けられるのは珍しくない。若葉組の面倒を主に見る担当は師範代の先生なのだが、一距両疾流には現在師範代が一人しかいないため、ちょっとした時に大先生も出張ることがあるのである。

 ただ、バルディ一人をというのは珍しい。

 なにか、呼び出されるようなことがあっただろうか。

 もしや、走り込みだけの修練を卒業し次の段階へ進めるのだろうか?

 それにしては同程度か少し余裕がある先輩がまだなので、違うように思える。

 ではなにか。

 思いつかない。


 バルディは、先輩方と顔を見合わせてから、大先生の元へ駆け寄るのだった。






 □■ □■ □■






「気を悪くしないで聞いてもらいたいんだが、お前さん、帳簿つけられるかね?」


 表からは見えない渡り廊下によって、道場と母屋は繋がっており、その母屋側に入ってすぐ脇に客間が一つある。

 その客間に通され、ハン大先生自ら淹れてくれたお茶(なお、見るからに大雑把な手つきであった)を出されて尋ねられた。


「実家の作法であれば、毎日帳簿つけを言いつけられていますので」

「な・る・ほ・ど」


 ハン大先生はバルディの答えに、拍子をつけて返しながら何事か考えている様子。

 尋ねた以上は意図がある。

 内容からして大方の類推はできるが、この場合バルディの側から言い出すのは師に対する礼としてどうだろうか。

 そんなように迷っていることに気づいたか、ハン大先生から切り出してくれた。


「実はな、道場の運営でも帳簿をつけねばならんのだ。今までは嫁がやってくれていたのだがな」

「おかみさんになにかあったのですか!?」


 ハン大先生の奥様――みんなはおかみさんとと呼んでいる――は、入門前からの知り合いだ。

 というのも、御用聞きに来た時、対応するのが主におかみさんだったのだ。

 若干線の細く大人しそうなきれいな人である。活発な印象のおジョウさんとは逆の印象のようだがよくよく見ると似ているところも多い。

 とはいえハン大先生を旦那におジョウさんを育てたのはこの人であり、見た目の印象通りの人でもない。

 そういえばどことまでは知らないが、商家の出身だと聞いたことがあるような。帳簿つけを任せていたのはその関係だろう。

 バルディがいる時間帯にはあまり道場に顔を出さないが、おジョウさんが出かけているときなどおやつを用意してくれるのはおかみさんである。


 知り合いであり、おやつの恩もあるおかみさんが帳簿をつけられなくなる、という状況。

 あまりよく無い想像ができてしまう。


 が、事実はそれを覆してくれた。


「ああいや、悪いことではねぇんだよ。実は子どもができてな」

「なんと」


 思いもよらないことだった。

 おジョウさんが確か十五だったはず。

 逆算して……、あいや。

 バルディは我に返った。


「それはおめでとうございます」

「ははは、おう。ありがとうよ。それでな」


 あとはまあ想像通りである。

 妊娠したおかみさんの負担を減らしたいということだ。

 今すぐは大丈夫でも、先々身動きが取れなくなることもあるかもしれない。

 そこまででなくとも、普段よりは動けなくなるはずである。

 そういったこもごもは妹が生まれた時の経験でバルディも知っていた。


「剣を志してきている者に頼むのは心苦しいのだが、頼めるか。ただとは言わん」

「いえいえ、出来ることで大先生の力になれるのなら。ええ、ぜひとも引き受けたいところですが。ひとまず父に相談したいと思います。おそらくは否やとは言わないでしょうが、自分の判断では何か見落としがあるかもしれませんので」


 バルディは商人としても一人前というわけではないのだ。

 帳簿つけも、父や兄の確認が入る実家ではともかく、余所で一任されて過不足なくこなせるかどうかはまだ自己判断するのは早いだろう。

 そう考えて答えを返した。


「しっかりした奴だな。ジョウにも見習わせたいところだ」

「とんでもないです」


 未熟を晒したのになぜか褒められ、恐縮するばかりだった。


 そして、結果として、バルディは帳簿つけの仕事を得た。

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