剣初心者うさみ 5
「ふむ、真面目にやっているな。よろしい」
「先生」
十日目の修練を終え、水をかぶった後、井戸からくみ上げた水を運んでいたところ、バルディは師範代から声を掛けられた。
師範代は、ハン大先生より年上に見える、彫りの深いいかつい顔と重厚な筋肉で身を覆った男性である。
よく手入れされた立派な髭も生やしており、二人並べてどっちが偉いかといわれると十人中九人は師範代を選ぶのではないかと思われる。
実際は同い年らしい。
この道場には師範であるハン大先生のほかには師範代が一人いるだけである。
なので、師範代は先生、ハン大先生は大先生と皆が呼んでいるのでバルディもこれに倣った。
「今日で十日目が終わるね。どうだね。こんなことでいいのか、この道場で本当に強くなれるのか、と疑問に思い始めたのではないかな?」
「え? あ、いえその」
見た目とは裏腹な、柔らかい口調で内心を言い当てられて、バルディは焦った。
その焦りを隠してごまかすべきだ、と商人である父の教えが頭の中でささやいたが、時はすでに遅し。狼狽を面に出してしまっていた。
「ああ、責めているわけではないよ。そのように仕向けたのだから」
「仕向けた?」
「うむ、そうやって十日間、様子を見たわけだ。君は疑問に思いつつも、真面目に指示したことをこなしていたね」
「……はい。そのように言われていましたので」
初日の、残念な話のことである。
悪い話とは別に告げられた『残念な話』は、この道場に通ったとしても初めから剣を握れるわけではないということだった。
ではいつから、と尋ねたが、それはハン大先生あるいは師範代が十分と認めたらということだった。
その時はなるほど頑張ろうと気合を入れたものだったが。
さすがに、お試し期間とされた十日間で一度も木剣すら触らせてもらえないとは思わなかった。
師範代に言われたことはすべてこなして、兄弟子たちに言われた雑用も頑張ったにもかかわらずである。
だから疑問には思った。
とはいえ。
だからといって、修練の手を抜くのは別の問題だろう。
条件はハン大先生に認められたら、であるのだ。
言われたこともできずに認められることはあるだろうか。
言われたことをやるだけで認められるだろうか。
逆に、それ以上をやるのはどうか。例えば勝手に棒きれを振り回して修練と嘯くなどはどうだ。
やれと言われたことをやらないのは論外で、勝手なことをするのもよくないだろう。 だが勝手なことの線引きは難しい。なんといっても剣に関してバルディは全く初心者である。
では認められるにはどうするべきか、と考えたバルディは、言われたことを真面目に取り組むという結論に達した。
走り込みで兄弟子たちに置いて行かれようとも、ジュウナンとかいう妙な動きで体をほぐす時も、雑用をたくさん押し付けられても、いやな顔をせず愚直に取り組んだ。
一方で勝手なこともしなかった。
自主的に指示以上に走ったりといったことだ。
ついていくだけで必死だったこともあるが、初心者が自分の判断で勝手なことをするのはよくないと思ったのだ。実家の奉公人が勝手な判断でやらかして叱られるのを見ていたというのも大きな理由だろう。
指示されたことを真面目に過不足なく。
内心の疑問とは別に取り組んだのだ。
「うむ。疑問に思い、それでもきちんと従うのは美点だね。十日間、短いようだが、その間の行動で、その子が続くかどうか大体わかるのだね」
「そうなんですか?」
「うむ、三日続けば十日続く、十日続けば三十日。三十日続けば百日、百日続けばまず数年、と言ってね」
「それじゃあお試しは三日でよかったんじゃ?」
「ははは、そうかもね。まあ誤差もあるだろう? ともあれ、バルディ君は投げ出しもせず、さぼりもせず、焦りもそれほどでもなく、続ける素質はあるようだ」
「素質がありますか!」
「続ける素質だからね? 剣は素質はまだまだこれからだ」
褒められて舞い上がりそうになるのを窘められる。
だが、この言い様なら悪くはない結果が出たということだろう。
バルディは内心喝采をあげた
「と、いうわけでバルディ君。お試し期間は終了だ。改めて聞かせてもらおう。我が道場で剣を学ぶ気はあるかい?」
「もちろんです!」
「よろしい。改めて歓迎しよう。頑張りたまえ」
「はい!」
「まあもうしばらくは走り込みだけれどね。今の分量が楽にこなせるようになったら次に進むことになるだろう」
「あ、はい……」
ちょっと盛り上がりかけたが、すぐに下げられる。
ともあれ、これでバルディは正式に一距両疾流の弟子となったのだった。




