剣初心者うさみ 1
無事年を越せました。
今後ともよろしくお願いいたします。
「ごめんください!」
或る日の朝。
一人の男子が剣術道場の門を叩いた。
「はいはい、どちらさまでございましょう? あら、ガン屋さんとこのバルディ君。今日はどうしたの? 御用聞きかな?」
よく通る澄んだ声と共に奥から現れたのは年頃の娘である。髪を頭の後ろで馬のしっぽのように束ねている。
道着を着ていることからわかるように、この道場の立派な門下生であり、そして同時に道場主の娘である。
名はジョウ。おジョウさんと人は呼ぶ。
気のいい娘で、器量よし。剣術をやっているせいか男勝りだが所作が美しいとご近所でも評判だ。
男子、ガン屋のバルディは齢十になったばかりの商家の三男であり、この娘さんとも面識があった。
実家の商い仕事の手伝いで道場を訪ねたことがあるのである。
だからして、当然バルディもこの剣術小町のファンなのであった。
バルディはドギマギしながらも胸を張って答えた。
「いいえ、今日は、こちらの道場に弟子入りしたいと参りました。ええと、父から話が通っていると、そう聞いているのですが」
「あら、あらあらあら、まあまあまあ! そうなのね? なるほどなるほど。少し待っていてちょうだいな。そうね、そっちの道場の中でも見ていてくれる?」
「あ、はい」
門の内側には、右手に道場、左手に母屋がある。
おジョウさんは、母屋の方に足を向けかけて、思い直したように振り返り。
「あ、弟子入りするのなら、もっと砕けた喋り方でいいのよ。弟弟子なんて、弟も同然なのだから!」
ニヤリ――これが様になっているというのがこの娘の魅力の一つである――と笑って片目を瞑って見せた。
バルディはドキリとしてしまい、返事を返す余裕をうしなって。ただただ顔を熱くした。
その様子を見ておジョウさんは今度は満足そうに笑って母屋の方へと歩いて行った。
「ちょっとお父さーん? 新しいお弟子さんがいらしたわよ! 来るならちゃんと言っておいてって、いつも言ってるでしょう!?」
商家の手伝いの経験から、これは聞かなかったことにした方がいいのではないかという声を聞き流し、気を取り直したバルディは道場へ向かった。
今日からここで剣を学ぶのだ。
心の奥から、抑えきらないワクワクがあふれ出てくる。
この剣の街に生まれた男子ならばきっと誰だってそうだろう。
初めて剣を学ぶ、そのための場所に立ち入るというのだ。
「失礼いたし……失礼します!」
娘さんの言葉を思い出し、言い直してもあんまり変わってないような気もしたが、ひとまず忘れて道場の戸を引いた。
「ここが」
道場か。
という言葉は最後まで出ず。
バルディはまだ何も始まっていないのになんだか胸がいっぱいになって、ゆっくりと道場の中を見回し――視界の端で何かが動いたような気がして振り向いた。
それな何かとても綺麗な動きだった。
まるで、とてもゆっくり振り下ろされていくように見えた。
バルディはそれに魅入ってしまい。
剣が振り下ろされ、動きを止め、再び振り上げられ始めたところで我に返った。
改めて見る。
道場の隅で、一人の娘が、ゆっくりと、木剣を振り下ろしながら踏み込み、振り上げながら足を戻すを繰り返していた。
本当にゆっくりだ。まるでとかそういうのではなく、実際に振り下ろすのに三拍ほどもかかっているのだ。振り上げるにはもっとである。
素振りというにはあまりにも遅い。
のろのろと動いているだけに見える。
先ほど綺麗と感じたのは気のせいだったのだろう。
綺麗といえば、その娘の方こそ綺麗だった。
年のころはバルディと同じくらいだろうか。
冗談のようにゆっくりと剣を振る横顔は至極まじめで、どこか遠くを見ているよう。
透き通るような肌に道場の隅にあってもきらめく金色の髪を、道場主の娘さんと同じよう頭の後ろで束ねていた。
ただ、耳の形がバルディたちとは違う。
珍しい。あれが話に聞くエルフというやつなのだろう。
バルディは娘さんに声を掛けられるまで、エルフ娘をぼーっと眺めていたのだった。
これが、剣の街の一剣士バルディの人生に少しだけ関わることになるエルフ娘との出会いだった。




