使い魔?うさみのご主人様 30
メルエールは死んだ。
比喩である。
メルエールが目を覚ますと朝だった。
窓を開けると、太陽の光が差し込んでくる。
すでに日が昇っているのだ。
いつもならうさみに起こされて追いかけっこをしている時間である。
生きてる。
暖かい光を浴びるとようやく実感できた。
メルエールは力が抜けてその場に崩れ落ちた。
なんだか体中が痛いしガチガチになっている。
ずっとこわばっていたせいか。
帰り着いたのは夜遅くで、寝付くのにも随分苦戦したにもかかわらず、眠気自体はあまりなく、むしろさっぱりしていた。
怖かった。
超怖かった。
めっちゃ怖かった。
絶対死んだと思った。
なんで生きてるのあたし。
床に手をついて立ち上がる。
そこで部屋の入口の扉が開いてうさみが入ってきた。
「あ、起きた? 二日も起きないからみんな心配してたよ」
「は?」
「つまりお互いの縄張りの境界で、あの子たちは対立してるから両方いる限りこっちに攻撃はしてこないよ多分」
というのがうさみの主張であり、実際に攻撃してこなかったので生き延びた。
ウサギと熊ならウサギが簡単に倒されそうな気がするが、うさみによると両者は同じくらいの実力で互いに致命傷を負わせる手段を持っているので縄張りに入らない限り警戒はしても戦おうとはしないのだという。
信じられない。
でも生き延びた。
ほんと信じられない。
多分てなんだよ。
信じられない。
その場で魔術の練習をさせられた。
魔力使い切るまで帰らないのだという。
メルエールはすぐにでも帰りたかったが、帰り道の方向には熊とウサギがにらみ合っていた。
そもそも森の奥。自力で帰りつけるとも思えず、うさみに従うしかなかった。
魔術なんか使ったら二体を刺激するのではとも思ったが、もはやうさみに従うしか生きる可能性はないとどこかで確信していたのでもう……。
魔術はなかなか成功しなかった。
歯の根が合わないような状態なのであたりまえだ。始めはまともにしゃべることもできなかった。
それでもだんだん麻痺してきたのか、慣れたのか、もうどうにでもなれと開き直ったのがよかったのか。
メルエールの気持ちが折れかかると、うさみがつないでいる手に力を入れて、もう一方の手で背中や肩をたたき、もうちょっとだよ、とか、今の惜しかった、とか、いけるいける、とか声をかけてきた。
そうするとなんだかもう少しやってみようという気持ちにさせられる。
絶望して死ぬか、もうちょっと頑張るかという二択なので気力さえ持てばぎりぎりどうにか頑張るほうを選べた。
時折苦い薬を飲まされた。
あれは魔力を回復するとかいっていたはず。
飲むたびに滞在時間が延びる。
つらかった。マズいし。
永遠とも思える時間は日が暮れても続いた。
そして最終的に魔力を使い切って気絶したのだった。
「あのねぇ! あんたねぇ! もうねぇ!」
メルエールは言いたいことがありすぎて、何から言えばいいのかわからなかった。
「一応言っておくけど、同じことしようとしたら死ぬからやめといたほうがいいからね」
「誰がするか!」
あんなのは一度でも多すぎる。
初めて狼と戦った時よりもよほどひどかった。
あの時は夢中で命の危機をを気にする余裕もなかったのもあるが。
何時間も対峙して魔術の練習をするなんてもう絶対やらないんだからね!
メルエールは固く心に誓った。
「それより、えっと二日もって?」
「それだけ疲れたってことじゃないかな。精神的にとか」
「……」
元凶が何言ってんのこいつ。言葉もないわ。
という気持ちを込めてメルエールがものすごい形相で睨みつけると、うさみは小首をかしげてニッコリ笑い返した。
メルエールはため息をつく。
見た目だけならかわいらしい子どもだ。
しかしその内実はとんでもない危険物である。メルエールが知らないことを多く知っているようだし、行動は突拍子もないことも多い。
平気な顔で命がけのことをさせる。
本人には大丈夫という確信があるのかもしれないが……。
もしかするとエルフとは、亜人とは、みんなこんな奴らなのではないだろうか。
だとするなら、人間といさかいを起こして戦争になったたのもうなずける。
メルエールは王国の歴史に思いをはせた。
現実逃避である。
「無事に帰ってこれたし、魔術の腕前は人並みくらいにはなったと思うから、あとは一つ一つの魔術をまじめに練習したら大丈夫だよ。よかったね!」
しかしうさみの言葉で現実に引き戻された。
よかったね?
よかったねて。
「あのねぇ! あんたねぇ! もうねぇ!」
メルエールは言いたいことがありすぎて、何から言えばいいのかわからなくなった。