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使い魔?うさみのご主人様 28

 メルエールが男爵令嬢になったのは、王立魔術学院中等部へ編入する少し前のことである。


 それまでは明月男爵領内にある村で暮らしていた。

 村には明月男爵に仕えていた者が複数いた。


 メルエールの母はその中の一人で、男爵の屋敷で働く使用人だったらしい。

 奉公の経験を生かして、村で教師のようなことをして暮らしていた。

 村の子を男爵に奉公に出して出世すれば村も潤う。

 実際にメルエールの村は他の村と比べると裕福だったらしく、父のわからない娘を連れた母を受け入れていた。


 母はメルエールにも礼儀作法と教養を仕込んだが、これはあくまで使用人としてのものだった。

 しかしあまり積極的に娘を奉公にだそうという熱意をもってはいなかった。

 むしろ、メルエールが貴族に興味を持たない様子を見ると、最低限以上のことは教えなかった。


 メルエールはお勉強よりも外で遊ぶことを好む子だった。

 それどころか、村の仕事を率先して手伝ってでも、お勉強を回避したがった。

 そして、男の子に混ざって泥にまみれて野を駆け回り、棒を振り回して叱られては村の畑の手伝いや水くみをさせられてと、大変おてんばに暴れまわった。



 さて、村では元兵士の者が武器の扱いを教えていた。

 魔術王国であるから、武芸の立場は高くない。

 魔術士の護衛か肉壁かといったところである。ないよりましという扱いだ。

 しかし、魔術に長けた者は騎士になるなりいずこかに仕えるなりするので村にはあまり居つかない。

 そのため、村を護るのは魔術を使わなかったり、下手だったりする戦士であった。


 何から守るのか。

 相手が人間ということも確かにあるが、多くの場合は魔物である。

 人間同士のことであれば魔術士が出張るためやはり魔物のほうが多いだろう。


 男爵の使用人は女の子の方が需要があり、望むものにはより高度な技術、掃除洗濯料理などを教えていたが、男の子のほとんどはは最低限のことを教えられたらお勉強から解放されていた。

 そんな男の子はある程度大きくなると兵役に備え、また村の防衛力を担うために兵役経験のある元兵士のおじさんが武器を教えていたというわけである。


 そして一緒に遊んでいた男の子たちがそのために集められたとき、メルエールもついていった。

 今更お勉強に戻るのもいやだったし、メルエールの家には男手がない。

 いざというとき母と自分の身をを護れるようにと子どもながらに考えたのだ。


 その際、つい昨日まで一緒に遊んでいた子たちに女は出て行けと言われたが、当時同い年の彼らより体格が大きかったメルエールが全員ぶん殴ったらおとなしくなった。

 元兵士のおじさんは苦笑いしながら、許可をくれ、メルエールは剣と槍を教わることができたのだった。



 結果としてこの判断はメルエールと、村の娘の命を救った。


 野草やキノコ、果実や薪などを取るために村の外へ行くことがある。

 男手はより力が必要な畑仕事などに割り振られるため、たいていの場合女子供の役割である。


 もちろん森ではなく、野原であったり、せいぜい林、村人の手が入っている範囲でのことだ。

 定期的に大人が見回りをして、異常があれば領主である男爵に報告して対処してもらうことになっている。


 それでも村の外であり、全く危険がないわけではない。

 数年に一度は怪我人や行方不明、死者が出ることもある。

 なので出かけるときはある程度人数を連れていくことになっている。

 危険があったらバラバラに逃げるのだ。

 そうすれば村に危険があることが伝わる可能性が上がる。


 メルエールは武器の扱いを習っているわけで、こういったときには念のため、ということで小剣を一振り預けられることになっていた。

 村の財産だが、実質的にはメルエールの専用だ。


 これが一人の娘の生死を分けた。


 そう珍しいことではない。

 採集中にはぐれ狼が現れて、娘を襲おうとしていたのだ。

 運よくそれに気づいたメルエールは、教えられていたとおりに大声を上げながら駆けつけ、小剣を狼に向けて体ごとぶつかるように思い切り突き込んだ。


 大声は周りに異常を知らせ、相手を驚かすため。

 体ごと思い切り突き込むのは子供の力と技でも命中させ、撃退しうる傷を負わせることができる可能性があるためだ。

 仲間の援護がないときは一撃にかけるしかないと


 小剣はちょうど飛びかかった狼の横っ腹に突き刺さり、さらにメルエールの体当たりを横から受けることになった。


 メルエールは狼にぶつかった拍子に小剣を手放して転んでしまう。


 生きて動く肉に小剣を突き刺した手ごたえに、わずかな時間放心していたが、狼が唸る声がして、すぐに気を取り直す。

 見ると、狼は小剣が刺さっていたが、まだ生きていた。

 生きてはいたが、立ち上がるのも苦労している様子だった。


 しかし狼は本来群れるものだ。

 ほかにいないとも限らない。

 手負いでもまだ動いている狼を相手に小剣を取り戻すのも難しそうだ。

 仕留められなかったのが痛い。


 そこまで考えて、メルエールは大声で「狼だ、村に逃げろ」と叫びながら、周りを見回した。

 突然のことに驚いて止まっていたみんなは、口々に狼だ狼だと大騒ぎしながら逃げ出しはじめる。

 狼に襲われそうになった娘が腰を抜かしていたので、引きずり起し、それでも動けなかったので抱え上げて逃げ出した。


 村に逃げ帰った後、戦える大人たちが確認しに行って、小剣が刺さった狼の死体を発見した。

 狼の仲間はいなかったらしい。


 そしてこの日を境に、メルエールは、それまで剣の練習で勝ったり負けたりしていた村の男の子に負けなくなった。

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