ゾンビ初心者うさみ 38
「そのようなことになっておったとは、一大事どころの話ではないのじゃ。神話の時代の再来なのじゃ」
「神様の力は当てにならないけどね。人や獣がいなくなったら、少なくとも環境は激変するだろうし。火竜王と不死者の王はまだ戦ってて、そっちも先が見えない。あとは、森の恵みで生きていけるエルフはかなりマシだと思うよ。肉食の生き物はアンデッド化を免れていても生きていけないだろうしね」
「ううむ、なのじゃ」
一通り話している間、エルプリを訪ねてくるものはいなかった。
つまり、うさみが侵入してこなかった場合、エルプリはうさみの旗艦をまだ知らない状態だったことになる。
巫女姫と呼ばれつつも半ば隔離されているらしい。
好意的に考えれば、万一のぬか喜びを避けるためにうさみが旗色を鮮明にするまでは伝えないという方針かもしれない。
大事にされているのか距離を置かれているのか微妙なところだ。
現状があるのはエルプリのおかげといえるのに。いや、だからこそだろうか。
「ところでその、うさみよ」
「どうしたの?」
うさみが詮無いことに思いを馳せていると、エルプリが上目遣いで人差し指を合わせて胸の前でくにくにしながら歯切れの悪い口調で何かを切り出そうとしていた。
くにくに。
「その、うさみはこれからどうするのじゃ?」
「あ、うんそれそれ。紆余曲折はあったけどエルプリは自由になったし、同胞とも合流できたわけだから、もう大丈夫だよね?」
「うむ……やはり行ってしまうのか?」
うさみは子どもにあまえられると弱い。
とはいえ。
「わたしもわたしの用があって旅してたからね」
「それは、世界がこのようになっても為せることで、為さねばならぬのじゃ?」
「まあ、うん、良し悪しだけど、邪魔が入らないのはむしろ都合がいいかな」
「恩を返せておらぬのじゃ」
「それでわたしのやりたいことが遅れるのは本末転倒だよね」
「うぅ」
エルプリが下を向いて黙り込む。
うさみには、この繰り返される生の中で安心して住める場所を探すという今回の旅の目的がある。
ただ、それだけなら。このような異常な状況になったわけだし、エルプリにだけならもうちょっと付き合ってもいい。
ただ。
「個人的な都合なんだけどね、わたしがいないと成立しない集団に長いこと属するのは嫌なんだよね」
緊急避難的な場合、つまり、このたび戦場から人を連れて戻ってきたとかそういうのは別だけれど。
あるいはうさみがやりたいことをするための集団ならまだいい。
うさみに依存してなおかつ、うさみの意志と別の場所に目的がある集団というものを作りたくなかった。
それは経験上のことであり、うさみの大きな失敗に基づくものだ。
つまり、うさみにやりたくないことで人の都合や命を背負いたくないということであり。
うさみは自身の身勝手であると認識している。
なので、おんがえしというならばこの身勝手を認めてほしいところなのである。
「だから、まずエル子をどうにかして、連れてきた人たちの中で受け入れられなかった人の生活基盤作って、それからかな」




