ゾンビ初心者うさみ 28
朝。
「な、なにをやっているでありますか!?」
黒犬さんが驚きの声を上げたので、うさみとアップルは弾かれたように距離を取り、チラリと視線をかわした後で緊張を解いた。
「準備運動かな」
「ちょっとした手合わせよ」
同時に出たセリフだが、その直後、アップルはうさみを二度見した。
「えっ、なっ、このっ、……ぐぬぬ。地に足をつけているのに……!」
「え、アップルお姉さんも徒手は専門じゃないって言ったじゃん。実際息も切らしてないくせに」
「なんなのでありますか……?」
黒犬さんが目撃したのは何だったのかといえば。
アップルがうさみに対し殴る蹴るの暴行を加えようと追い回しているところをうさみが逃げ続けている姿である。
……というのはやや語弊があるが、アップルが一方的に攻撃し、うさみが逃げ回っていたのは事実だ。
ただし、手の届く範囲という近距離で。
何をしていたのかもう少し直截に言うと模擬戦のような何かであった。
昨夜の話を受けて、うさみが戦いの技術を教わろうとしたこと。これに対しアップルが地上で再戦を希望したことによる。
無論殺し合いを求めるものではなく、うさみも武器など持っていないので、アップル両者徒手。
そして始めてみたものの、うさみが逃げ回るしかしないので、お互いの手の届く範囲という条件を追加された。
それでもうさみが攻撃を繰り出そうという様子もなく、またアップルがうさみを捉えることもなかった。
結果、至近距離で、高速で位置を入れ替え続けるだけとなったのだった。
「戦いの指南をすることになったのよ。でもこの子、攻撃しようって気が全然ないから困っちゃってね? これだけ動けるのに。手を抜いてる?」
「いや、だって、攻撃とかしようと思ったら捕まりそうだし」
「倒してしまえば捕まる心配はいらないのよ?」
「うー」
うさみには手を出すのはやはり難しかった。
なら足を出すべきか。
うーん。
でもなあ。
うさみが考えていると、
「うさみ殿はこれほど小回りも利くでありますか」
うさみにぶら下がって空を移動したことや、森の中の抜け道調査で同行した時に片鱗を見ていた黒犬さんだったが、それでも想像以上だったらしい。
アップルと黒犬さんはオリンピック選手と中学生の部活動のくらいの差がある。
身体能力的には黒犬さんが地球のオリンピック選手くらいあるのだが、この世界の人間のトップグループのアップルはそれでも子ども扱いできるほどの能力差がある。
そのアップルに捕まらないうさみも推して知るべし。
まるで強そうに見えない、ただの子どものようなうさみがこのような実力を隠しているとなると、詐欺の類である。
うさみがよく見た目について嘆いていて見た目を変えることが出来るのにも関わらず子どもの姿のままの理由の一端はそこにもあるのだ。
なめられておけば逃げやすいから。
それはともかく。
「でもアップルお姉さんが本気で全力だったら多分捕まると思う」
例えばフェイントを絡められれば捕まっていただろう。うさみはフェイントなどバスケとバレーとサッカーくらいしか経験がない。
正直な感想だったが、アップルは苦い顔をした。
「ちぇ。好きに言ってなさいよ」
「うぅむ、であります」
次回魔法の勉強。




