ゾンビ初心者うさみ 25
「わかったわ。うさみちゃん殺しを忌避しているのね」
「え、あー、忌避っていうか、でもまあうん、そうかな」
「それでよく生きてそこまでの力を得られたわね」
あーだこーだと早口で話していたうさみだったが、アップルにあっさりと看破されてしまった。
確かにうさみは殺すという行為を避けている。
何度も生を繰り返しているという特異な状況に置かれているうさみだが、その中で生き物を殺したことはもちろんある。
しかし、生き物を殺すと力を得る。レベルが上がるとレベル差補正が下がって神の加護が上げにくくなる。
スキルは訓練のほか生き物を殺す際に使用することでもレベルと一緒に上げられるので強くなるには強い相手をスキルを使って虐殺するのが効率がいい。
ただ、強い相手はたくさん殺すのは難しいし、この世界に生きている命には限りがあるので殺せば殺すほど強い相手と会いにくくなる。当たり前の話だ。
そのため、人類の実質的な強さの限界はアップルのようなトップグループ前後に納まるのだ。
アップルは強いが不死者の王や火竜王にはとてもかなわない。
アップルをだいたいレベル百とすると、火竜王は二百から二百二十。レベル差が十もあれば数人で挑まないと勝負にならないと言われる。言っていたのはゲーム時代の友人なのでそのまま受け取っていいかはわからないが。
その一方でレベルを上げずにレベル差補正を受けながらスキルを上げればレベル百以上に相当する能力を得ることは可能である。レベル差と危険度が大きいと成長速度も上がるのだ。
ただしレベルを上げていないので極めて危険であり難しいし、客観的に見て頭がおかしい。
たとえば触れれば死ぬようなゴーレムに襲われながらスキルの訓練を行うのだ。歌とか踊りとかでもそう、速読や記憶力も上げられる。料理とか。
王国で宮廷魔導師に教えた鍛え方もこの理屈を利用したものだ。
他にも欠点があり、この世界の生き物は相手のレベルを何となく感じ取れる。
つまりレベル初期値のうさみは雑魚オブ雑魚に見えるのだ。
これは信用されにくい。
もっともレベルが高くても、うさみに限っては見た目が足を引っ張って、気のせいと思われたり逆に警戒されたりして対応が分かれるので困るのだが。
長くなったが、要するにうさみにとって、レベルが上がるのは不利益の方が大きいのである。
「いや、怖いだけでしょ。そういう子、ときどきいるわ。あまえてると思ってたけど、それでそこまで鍛え上げたなら逆に尊敬できるわね」
「え」
看破、ぱーとつー。
うさみは目を泳がせて言葉を探したが見つからなかった。
いやちょっと違うのだ。
命を奪うこと自体は乗り越えている。獣をお肉にして食べたりもした。
ただその後だ。
奪った命は取り返しがつかない。
繰り返す世界の中ですべて元に戻るとしてもだ。
前生で仲良くなった人がいるとしよう。冒険者で、たくさん殺して、力を得て、たくさんの危機を乗り越えた。
別の生である時うさみが魔物を殺した。
それは前生の友人が倒すはずだった魔物であった。
今生でその人は危機を乗り越えられずに死んだ。魔物を倒さなかったのでレベルが、経験が、足りなかったのだ。
そういうことがあった。
ちょっとしたことがあって、人を殺した。
別の生で友人になった子の親だったことがわかった。
友人が生まれなかった理由である。
そういうことがあった。
たくさんあった。
杞憂であり不可抗力である。
うさみが関わらなかったのに大きく変わるものごともある。蝶の羽ばたきと竜巻の関係までは分析できないが、国の体制が違っていたり人の名前が違っていたりといった些細な変化から、都市や大陸が無くなっていたりといったことまで。
うさみが関わっていないことで実際に変化を目にした。
そうでなくとも。命を取らずとも変わるものごとも多いだろう。逆に命を助けることで変わることもあるだろう。助けた人の子孫が極悪人になることもある。あった。
あるいは良くなることもあるだろう。命を奪いあるいは助けることで。
良かれと思って人を指導しようとして結果ひどいことになることもあった。
自意識過剰か。そうかもしれない。そうだろう。わかっている。
しかし、殺す方がいいのか、助けるほうがいいのか。
それを選び続けることはうさみにはつらく。
だからといって全く考えないでいられるほど想像力に乏しくなかった。
うさみは身動き取れなくなって、命を奪うことを極端に避けるようになった。
それがうさみにとって最大限の開き直りであり逃避手段だった。
もともとが平和な世界で生きていたからか。
自分が命を奪うことで物事がよくなったり、助けることで悪くなったりすると考えたくなかった。
恐ろしさすら感じた。
世界に関わりたがらないのもきっと同じ。
そのくせ、ちょくちょく寂しくなって人里に出るのは――。
といったような自己分析をしたのは何回前の生だったか。
うさみは、自分の弱さを思い出して自己評価をまた下げた。
気づくと頬が濡れており、アップルがあわあわしていた。
うさみは何をうろたえているのだろうと首を傾げた。




