ゾンビ初心者うさみ 4
「赤いお姉さんも、逃げたほうがいいよ。すぐに帝国方面へ行くのはやめた方がいいと思うけれど」
「金花殿、もう少しわかるように――」
「アンデッドね。今の胸糞悪い魔力放射一回で全部アンデッドにされたってことね。あんたたちなんてことをしてくれてんの」
さらなる説明を求める黒犬さんを遮って、赤い女戦士がうさみをにらみつけつつも、声を震わせながら言った。
アンデッド。不死の化け物。動く死体や踊る骸骨、幽霊などの総称だ。
厳密に言えばさらに分類があるのだが、まあ要するにおばけ。
うさみは正直言って苦手である。
といっても、犬ほどではないが。
怖い話のテレビ番組を見た日は夜眠れなくなったり、お化け屋敷が怖いので入りたくない程度に苦手だ。
ただ、この世界のおばけ、アンデッドは実際にに存在する敵性存在であるので怪談話よりはいくらかマシだ。
マシなのだが、今結界の向こうにいる“それ”とさっきまで生きていた知り合いを含む無数の動く死者はその存在を思うだけでも胸が苦しくなるし、お腹の底からむかむかするものがこみあげてくる。
こうなった原因の一部にうさみがかかわっているのは事実で、また対処についても後手且つ判断を誤った自覚がある。
アンデッドに対する嫌悪感だけではなく、もっと別のものに対してもうさみは苦痛を覚えていた。
それとは別の部分で、そんな感傷に浸ってる余裕はない、状況はまだ動いている、と冷静に考えている自分もいた。
説明なんてしてる場合じゃないが、説得しないと黒犬さんたちも逃げろと言っても従わないだろう。
「ええっと、大昔の魔王と同じくらい強い化け物が現れて戦場全部アンデッドにして支配下に置いたの。ここは結界があったからそれを利用して防いでる。でもいつまで持つかわからないし、結界の外に出たら即座にアンデッドになるからやめた方がいい。幸いこの結界は王都方面につながってるからそっちに逃げたらいいよ」
ちょっと早口になったが、状況を説明する。
黒犬さんは絶句した。赤い女戦士は顔に手を当てて天を仰いだ。
他の人は何言ってんだこいつでもさっきのは尋常じゃなかったし、ええ、そんな馬鹿な、という目でうさみを見た。
「おいおい、そんな馬鹿なことが……」
「あ」
「おいばかやめろ」
ちょっと離れたところにいた人が、周りが止めるのを無視してふらふらと森の外に向かった。
そして結界の範囲を出た瞬間に動かなくなり、倒れ、起き上がって帰ってきた。
倒れる前とは目の色が違った。
黄土色の光をうっすらと放っており、一瞬であらゆる絶望をたたき込まれたかのような死の表情で、どこを見ているのかわからない。
明らかに通常の状態ではないことがわかる。
一部始終を見ている者が一瞬でアンデッドになったのだと言われて納得できる、それだけの異質さ。そして生きるものなら皆感じるだろうアンデッドへの嫌悪感を皆が感じ取っていた。
たとえなったばかりで肉体が生者のものとほとんど変わらずとも。
皆が確信を持った。
ごくり、と誰かがつばを飲み込む音がする。
そしてアンデッド化した男はゆらりと動き出すと様子を見守っていた者たちに襲い掛かった。
その瞬間。
どっかん。
うさみの近くの地面が吹き飛んで赤い女戦士がアンデッド化した男の目の前に出現、そのままの勢いで戦鎚で殴りとばした。
アンデッド化した男は赤い女戦士に位置を譲るように二つになって飛んでいった。




