ゾンビ初心者うさみ 3
結界への衝撃は、結界内部へも浸透し、嵐が巻き起こったかと思われるほどに木々、そして内部にいた者たちを揺さぶった。
悲鳴が飛び交い、赤い女戦士が落ちてくる。
しかし、結界そのものは大地に根を下ろした大樹のように、衝撃を受け止め、逃がして維持された。
直前にうさみが強化し、また支えなければ吹き散らされていたかもしれない。
しかし、変身の魔法を使ったうさみであれば対処できる範囲であった。
「痛……一体、なにがどうなって?」
「金花殿! って、こやつは!?」
うさみの近くに落ちていた赤い女戦士が身を起こす音と、どこからか聞き覚えのある声も聞こえる。
見ると、黒犬さんが駆け寄ってきている。
うさみの記憶が確かなら、あの偵察の後、伏兵部隊に案内の一人として組み込まれたはず。とすればここにいてもおかしくはない。
他に頭を抱えてうずくまった人や、木に寄り掛かってうめいているエルフ、においをかぎ分けようとしているのか鼻を上に向けている獣度の高い獣人族などがいた。
結界の内側にざっと三百人。
ほとんど王国の伏兵部隊だろう。
「黒犬さん、みんなまとめて王都の方へ逃げて」
「金花殿、どういうことでありますか!?」
赤い女戦士を警戒して武器を構えつつうさみに近づいてくる黒犬さんはうさみを“金花”と認識している。
変身の魔法はその名の通り、自分が知っている者に変身する魔法だ。
なのにうさみをうさみとして認識できているのか。
簡単なことだ。
うさみは自分自身に変身しているのである。
過去、いや未来、どっちもおかしいが、うさみの認識上の以前の人生であったうさみの姿。人生を何度も繰り返しているうさみならではの裏技だ。
年取った魔法使いが最盛期の姿を取ることはあるが、未来の姿に変身できるのは特殊な神器か魔導具でもなければ至難だろう。
能力差が大きすぎると変身の魔法の効果が不安定になったり劣化するため、現状で必要そうな適当な時期の姿であるが、必要なら変身を重ねることもできる。
そしてうさみは生涯の九割をほぼ同じ容姿で生きるので外見上の齟齬はない。
身長もその他の数字もほとんど変わらないのだ。変わらないのだ。
さてそんなことを言っている場合ではない。
うさみは結界を維持しつつ状況の把握に努めていた。
結界の外は一瞬で“それ”の魔力に塗りつぶされて、おそらく生存者はいないかごく少数だろう。神官がいて状況に対応できればもしかすると。あまり期待はできない。
「ものすごいヤバいのが生まれて森の外は全滅した。今森の結界を利用して守ってるけどあんまり長くはもたないかも。少しでも離れればもしかしたら生き延びられるかもしれないから」
「は?」
「なにを馬鹿な……」
ぞわり。
うさみの背筋が
“それ”の意識が、森の結界へと向いたのがわかる。
それはそうだろう。
今この瞬間この一帯で、“それ”の意図に沿わない最も大きな存在は森の結界だ。あるいはその中で維持しているうさみも知覚されているだろうか。
“それ”にそこまでの知性が備わっていたなら、あきらめた方がいいかもしれない。