戦争初心者うさみ 89
うさみは慌てて、状況を把握しようとした。
すぐに分かったのは、相互に複数人で運用する魔法攻撃と同規模の魔法防御が準備され発動のために魔力が高まっていることと。
そしてそんなのが児戯に見えるようなやばいのなにかが風船のように膨らみ、今にも破裂しそうになっていること。
例えるならば、台所の黒いやつが内部で増殖し続けている風船だろうか。そんなやばさ。
この生理的嫌悪感を生み出す根源は――王国軍の秘密兵器、解呪砲だった。
「うわ」
「そっちがなにか企んでるのは見え見えだったからね。ここで目を引いてる間に潜入して妨害する手はずだったんだけど、成功したみたいね!」
うさみの足からぶら下がっている赤い女戦士が鞭を手繰りながら何か言っているが、すでにそんなこと言ってる場合ではない。
うさみは戦場一帯に声を拡散する拡声の魔法を使いながら叫んだ。
『全員! 森に逃げて!』
解呪砲は危険な物だ。
魔力操作を誤れば魔力が暴走する。
もちろんそれを防ぐために、元祖さんとか、宮廷魔導師たちががんばって制御できるようにしたのだ。
十全な状態なら多分大丈夫いけるいけると元祖さんと宮廷魔導師長が判断し完成させたのだから、そうそう暴走することはないだろう。
しかしながら、妨害されたらどうなるだろうか。
ただ暴走するだけならいい。
この辺一帯が吹き飛ぶだけで済む。
しかし一つ、懸念があった。
解呪砲のエネルギー源である伝説の武器、魔剣死紅。
斬った者の命を喰らって切れ味を増すという性質から、不死の魔王の討伐に使われ、危険だからと封印されていたものだ。
命を使って切れ味を増す剣が、使われずに封印されていたのだ。
剣に食べられた魔王の不死の命まだ使われてないんじゃないだろうか?
魔力に変換して取り出すのならば問題ない。手順を踏めばただの大きな力だ。
しかし、その過程を妨害された場合、不死の魔王の力が解放されるのではないか。
という妄想に近い想像をしていたのだ。
妄想に近いし、魔力暴走しなければ大丈夫だし、魔力暴走するにしても最悪を引くことはまずないと思ったのでわざわざ言わなかったし、言ったとしても対処は変わらなかっただろう。
魔剣死紅を使わない選択肢はすでになかった。
だが結論を言えば、想像は当たっていたことになる。
このおへその下あたりからせりあがってくる不快感は不死系の魔物と対峙した時のものとよく似ていた。
その中でもとびきりの嫌な感じである。
まさか妨害を許すなんて。
七割さんには注意するように言っておいたのに。いや、赤い女戦士と同格の相手ということは、七割さんよりも格上だろうから仕方がなかったか。
それ以上に、まさか、ピンポイントで一番やばーいところを打ち抜くなんて思わなかった。
もっといえば想像が当たるというのも想定外だ。
うさみは逃げるようにと叫んだが、同じ危機感を共有して即座に動ける者は戦場にはいなかった。
ただ、強烈な嫌悪感を覚える何かが存在することに気づいていた者はいたらしい。
反応して呼応しようと動き始めた者はいた。
しかし、そもそも時間がなかった。
うさみも、初めはとっさに遠隔で抑えようとしたのだが、すぐに「あ、無理だこれ強すぎる」と判断した。
強く勢いのある力を抑える、それも遠隔でとなるとには相応の魔力を使わなければならない。
だが、あまり魔力を外向きに使うと、同じかもっと危険で確実な別の問題が発生するのだ。
後から考えればそのほうがマシだったかもしれないのだが。
制限のうちでどうにかしようとすれば取れる手段は限られ、限られた手段でみんなを助けるのは不可能で、いや戦争だから敵と味方、いやいやそんなこと言っていられる状況ではない。ああ、まずい時間が――。
とっさの判断の経験がうさみには不足していた。
より正確にはとっさに他者を切り捨てる判断が。
自分一人ならさっと逃げるか、あるいは踏み込めば終わることだが、今回はいろいろと関わっていたために、余計なことを考えてしまった。
その結果、不死の魔王の命の力が戦場に炸裂した。
たくさん死んだ。
うさみは生きていた。