使い魔?うさみのご主人様 23
訓練を始めて五日目の朝。
「接触がない……」
緑の毒汁(嘘)をのんでまっずぅいという顔をして、体が重くなったのを確認しながらメルエールはつぶやいた。
毎日飲んでいるせいか、だんだんマズさに慣れてきた気がする。
それ以上にマズい魔力回復の薬も口にしているせいかもしれないが。
それでもマズいものはマズいのだけれど。
そしてマズいで思い出すのが例のワンワソオ子爵嫡子のことである。
気まずい。
それに関わらなくていいなら関わりたくないということも同じ。
嫌なものという同じ分類に置かれているせいか、うっかり思い出してしまうのだ。
別に惚れられてるらしいからと、意識して事あるごとに思い出してしまっているというわけではないのだ。
ないのだ。
「なにが?」
「いや別に……」
うさみに言っても仕方がない。
なぜなら、なるようになるんじゃないかなとしか言わないのである。
ただ、あれから本人による接触が全くない。
毎日同じ教室に登校しているのだが、以前のように寄ってきて嫌味を言うこともなければ、あの日のことについて何か言ってくるわけでもなく。
それを気がかりに思うことはおかしなことだろうか。
だって偉い人に嫌いだから近寄るなって言ったとかヤバくない? ヤバいよね?
だから気にするのは普通なのだ普通。
このようにメルエールは何故か言い訳がましい思考を一人繰り返していた。
煩わしいと思いながらも、明確な反応がないのが気になってしまう。
しかし自分から動こうともしない。
惚れた好いたの経験もなければ、友人に相談するにも気恥ずかしいし、そもそも惚れられているということを知らないことになっているため相談のしようもない。
そしてうさみは当てにならない。
どうしたらいいかわからなかったのである。
「さて、今日はお休みだからお出かけするよ」
ぐるぐると考えていたら、うさみが声をかけてきた。
学院は七日に一度お休みがある。
前の休みをつかって使い魔召喚儀式をして、一週間というわけである。
普段なら、休みの日は図書館などで遅れを取り戻すための自習をしていた。
「おでかけ? 今日は街に出るつもりだったのだけど」
王立魔術学院は王都郊外にある。
市街まででてちょっと買い物などすると、すぐに一日潰れてしまう。
なので学院生は基本的には休日を利用して街に出る。
今回メルエールは、うさみ用の身の回りの品を買いに行くつもりだった。
うさみは、服など、メルエールの服を無理矢理詰めて直してごまかして着ている。
それで見苦しくない程度の見栄えになっているのだから、ちょっとした技術である。
二回りも大きさの違うのによくもうまいこと調節するものだとメルエールはちょっと感心していた。
それはともかく、他にも必要なものもあった。
寮とはいえ一人で暮らしていたメルエールだが、そこにひとり増えた。
本来、召喚翌日の休みを利用してそろえるべきものだが、学院に来てから一人だったので、見落としがあったのである。
あと洗濯の頻度が増えるとまたうさみが問題を起こすかもしれないので予備を多めに持っておきたいという意図もあり。
また、学院を介してでも手配できるが、懐が乏しいので安く抑えたかったのだ。
しかし。
「それはまあ、わかるけど、今回じゃなくてもいいよね」
たとえば布団とか高いから値切りたい。
そういう願望はある。
しかしまあ、とりあえず失われたメルエールの布団の表布と初めからないうさみの布団はすぐに買わないといけないわけではない。
同じ寝台で寝ることを我慢して、うさみが持ってきた思ったより肌触りが良かった毛布のような布をつかえばとりあえず寝る分には事足りる。
ほとんどのものは次回でもいいといわれればまあその通りで、どうしても早く必要なら少々高くつくが学院に申請すれば取り寄せてもらえる。
しかし、いくつかの我慢と財布の圧迫を引き換えにしてまで何をしようというのか。
「魔術の訓練の七日間の一環だから」
「む」
七日間を自ら選んだメルエールはそう言われてしまうと抗いにくかった。
落第がかかっているので重要性も緊急性も高い問題だった。
我慢と少々のおカネとの引き換えならば頷かざるを得なかった。
ここ数日の訓練でいくつかの魔術を人並みに近い程度で扱えるようになったという実績もあとおしした。
あとでこの判断を後悔するのだが。
「それで、どこにいくのよ?」
「森」
もり。
もりというと森?
……森?
「森?」
「うん。森。死ぬかもしれないから準備してね」
ちょっと後悔した。