戦争初心者うさみ 85
「ごめんお待たせ。なんだっけ、えっと。そうだ、さっきなんて言ってたの?]
うさみが赤い女戦士に向き直ると、先方はどうにも苦々しい顔をしていた。今にもためいきをつきそうな。
焔の意匠の手甲をはめた左腕を頭の後ろに回して動かしていた。後頭部を掻いているのだろうと、うさみは想像した。
「あー……」
何かを言おうとして、言葉を探すように宙を泳ぐ視線は先ほどの戦意に満ちたものではなくなっている。
どうしたのかと尋ねようとしたが、言葉を探している相手に声をかけるのは向こうも困るかなと思い、うさみは声は出さずに小首を傾げて上目遣いで見上げるだけにしておいた。
それを見た赤い女戦士が大きくため息をついたかと思うと、うさみを見る目が変わった。
苦々しい顔から、気さくなお姉さんが近所のやんちゃな子どもを見るような、どこか楽しそうな表情に。
「ここであったが百年目! みたいなことを言ってたのよ」
「最近聞かない言い回しだねえ。それに、どっかんどっかんがうるさくてほとんど聞き取れなかったよ」
「そりゃあそうだ」
あっはっはー、と二人して笑った。
眼下では大勢の兵士がうごめいており、爆音が響いた後静かになったことに気を取られているような多くの気配と、そんな人たちを叱咤する一部の気配。あとその他。
何となく和んだが、お互い気を取り直す。
「エルフのおチビさん、キミ、すごいね」
「えー? そう? ありがとう」
うさみとしては否定したいところだ。うさみは強くない。戦闘経験とかロクにない。
戦士の人にすごいといわれるのはつまり強いと思われているということだろう。それは間違いである。誤解。
しかし、現状は誤解されている方が都合がいい。
うさみは目の前の赤い女戦士を引き付けて時間を稼がなければならないのだ。
ならば厄介な排除すべき相手と思われていなければならない。
放置しても問題ない相手だと思われてしまうと、うさみが追う側になってずいぶんやりにくくなる。
逃げるのは得意だが追うのは経験が少ないのだ。
なのでとりあえずごまかした。
「過ぎた謙遜は嫌味よ? こうまで自在に空を駆ける人は帝国にもそうは居ないわ」
「えっへへ」
笑ってごまかす。
褒められたことで素で喜んでいる部分も若干、少し、ほんのちょっとあるが、それはそれでリアリティが増すのでいいだろう。えっへへ。
「そんな実力者がカ・マーゼ王国に居るって情報はなかったのよね。おチビさん、キミはなんで戦っているのかな?」
なんだろう、これは。
戦争してる上空で世間話。
いや身の上話?
どうにものんきなことで、状況にそぐわないような気がする。
うさみはまた首を傾げた。
すぐに思い至る。
なんか言ってるの聞こえないからって話を聞こうとしたのは自分だった。
あっちはそれに応えた形だ。
まあ時間稼ぎにはなるかなあ。
うさみは改めてにへらと笑った。