使い魔?うさみのご主人様 20
洗い場は殿方、それも貴族の殿方か近寄るべき場所ではない。
薄着の女性が集まる場であるからだ。
ここが貴族の多くいる王立魔術学院であるからまだおとなしいほうだが、場所や季節によっては着ているものまで洗うために下着一枚あるいは裸のものがいたりもするのだ。
それ目当ての男が集まる場合もあるが、逆に魔術学院であるからそういった方向性の場所にはならない。
隣接する物干し場も同様で、洗濯物が乾くまで盗まれないよう見張りを置いて別の仕事をしたり、あるいはそのまま情報交換という名の世間話に興じたりするのが通例なので、露出度の高いお姉さま方が集う場所なのである。
にもかかわらず現れた殿方に、洗い場は騒然となった。
逢引き目的でやってくる者はたまにいる。
しかし、そういう者はもっとこそこそとしているものだ。
この闖入者はあまりにも堂々としていた。
大型四足獣の使い魔を連れた若い男性である。
堂々とあたりを見回し、目的のものが見つけられなかったのか、ひそひそえーやだーだれーほら黒森領のえー子爵様がなんでこんなところに覗きかしらだったら好機かもあんたじゃむりよーなどなど話しをしているお姉さま方の一人をにらみつけて、声をかけた。
「おい貴様、エルフは来ていないか。使い魔の。小さい奴だ」
誰もがピンときた。
今日初めて現れた謎の生物。
ちびっちゃいエルフ。
大きな声であいさつをして、みんなが唖然とするなか、重労働の洗濯を、鼻歌を歌いながら、たまに普通に歌いながら楽しそうにこなしていた。
おせんたくーおせんたくーじゃぶじゃぶばしゃーんたいちょーよごれをはっけんしましたーでかしたそれではせんめつをかいしするーあわあわわーじゃぶじゃぶばしゃーん。
歌詞は単純であんまり意味がなさそうだったが旋律に乗ると妙に頭に残る。ふしぎ。
みんな怖がったり気味悪がったりで距離を取ったために、いつもより洗い場が狭かった。
チラ見してたら目が合ってニッコリ笑われて慌てて目をそらしたものも多くいた。
そのエルフのことを言っているのだろう。
「あ、あちらに」
子爵嫡子様に睨みつけられた女性は、震えた声で物干し場を示した。
そのエルフなら、物干し場の隅っこで昼寝をしていたと、話題に上っていた。
立ち去ったという話は出ていないので、まだいることだろう。
「うむ」
子爵嫡子様はそれだけいうと物干し場へ向かう。
洗い場の空気が緩む。
しかし状況は終わっていない。
好奇心旺盛な者が様子を見るため後を追うと、他の者も続いた。
彼女たちの仕事場に現れた二つの異物。
それらがどうなるのかを見届けようとしたのである。
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「ここにいたのか貧弱な使い魔よ」
こうしてワンワソオ黒森子爵嫡子が現れたのは、うさみが洗濯物を取り込み終わろうとした時だった。
一緒に乾かしてあったたらいにたたみながらしまっていき、最後に布団の表布を手にしている時だ。
「これはワンワソオ黒森子爵嫡子様、どうしてこのようなところへ?」
ワンワソオとその使い魔のでか犬を視界に捉え、うさみは首をかしげて尋ねる。
普通であれば平民どころか亜人であるうさみが子爵家の御曹司に直答などと不敬極まることであるが、なにぶんうさみは使い魔であり、主のメルエール明月男爵令嬢の一部、悪くても代理としてみなされるので、主がその場にいないのであれば問題視されない。
「無論、使い魔の様子を見に来たのだ。下働きをさせているのか。能力にふさわしい仕事を与えることはできるようだな」
ふんと鼻で笑うワンワソオ。
これはメルエールに対して話している。
意思疎通で主に連絡し、感覚共有していることを前提としているのだ。
しかしうさみは偽使い魔である。
情報齟齬をごまかすために、べったりくっついて行動していたのだが、今日は洗濯のために別行動をとった。
今までのように寮にお金を払って頼むこともできたが、うさみが洗濯すると言い出したからである。
緑色に汚れた服や布団を見られると不審に思われるんじゃないかと言って。
その結果、ワンワソオの女性の園への突撃を誘発したのである。