使い魔?うさみのご主人様 19
ワンワソオ黒森子爵嫡子は、心のうちから湧き出てくるもやもやとしたものと戦っていた。
目をかけていた男爵令嬢に突然近寄れなくなったのである。
メルエール明月男爵令嬢。
家の政治的立ち位置と、個人的な素養の両者の理由から、周囲から孤立していた女子である。
なのでワンワソオが話しかけたり、世話を焼いてやっていたのである。
しかしそんな状況は、メルエール嬢が使い魔を学院に連れてきた日から変わってしまった。
ワンワソオ自ら試してやろうと、使い魔戦闘遊戯を持ち掛けてやったのだが、それを辞退されてからである。
次に見たときには、同じ教室の女子に囲まれていた。
目を疑った。
今までこのようなことは一度も無かったからである。
編入されたばかりのころはオドオドとしており、話しかける者はいなくもなかったが、あからさまに動揺していた。
貴族に話しかけられた一平民のような反応であった。
何度か茶会などの誘いをかけられていたがそれらを断っていた。
話しかけられると一瞬、どうしようとか、めんどくさいなとか、そんな目をする。
誰とも目を合わせないで遠くを見ていたり、ある時など、机に伏していることもあった。体でも悪くしたのかと心配されてからはなくなったが。
そういったことがあり、だんだんと話しかける者がいなくなったので、これはいかんとワンワソオが話しかけることにしたのである。
そのうち、最低限まともに対応できるようになってきたが、孤立した状況は改善されることはなかったのだ。
今までは。
では今ではどうなったか。
かわいい使い魔愛好会なる集団を結成し、楽しそうにしているのである。
なんということだろう。
はじめはどこか状況に置いて行かれているような、落ち着かない様子だった。
なので大丈夫かと思い声をかけに行くと、リリマリィ西華男爵令嬢などに追い払われてしまった。
犬はご遠慮くださいだそうだ。おかしいだろう。だってリリマリィ嬢の使い魔も犬なのだ。まさか狼だったか?
なにより目つきがちょっとおかしかった。目から光が消えていた。「わたくしも我慢しているのです」などと言っていた。
よくわからない迫力があり、押し切られてしまったのである。
もっとも、このときは一過性のことだろうと時間を置くことにしたであえて引いたのだが。
まだその集団に名前もついていなかった時だし、亜人型という珍しい使い魔が注目を浴びただけだろうと思っていたのだ。
それが翌日になって、かわいい使い魔愛好会が結成されたのだ。
かわいい使い魔を愛でるための会であり、かわいい使い魔を連れている者、かわいい使い魔を愛でたい者のみが入会できるのだという。
なんだそれは。
使い魔はかわいいだけではないだろう。
特に魔術がうまくないか弱き者などは使い魔で身を守らねばならない。
使い魔には力こそ重要だ。
ということを説いた。
だが。
「それはそれこれはこれ」
と追い返されてしまった。
あくまでかわいいことに価値を見出したものの集まりであって、そうじゃない人はお引き取りくださいということらしい。
確かに、使い魔はかならずしも見た目と強さが一致しない。
ワンワソオの使い魔デンクライは凛々しくかっこいい見た目通り強力だ。
だが、見た目に関わらず同等以上に強い使い魔も同じ教室にすらいる。
しかし、だからこそ、確認しなければいけないこともある。
見た目で分からないからといっても、やはり他者が判断するのは見た目なのだ。
ぱっと見強そうなら襲撃者が手控えるという場合もある。
見た目による抑止力がないのなら、相応以上の力を持っていなければならないのである。
聞けば、あの使い魔は魔術の素養もないという。
かわいらしい子どものような外見は何の抑止力にもなるまい。
エルフという点で警戒はされるだろうが、それでも見た目は子ども。
犬が怖いなどと言っていたこともあり、不安点がおおすぎる。
いっそ取り換えた方がよいという意見は今も変わらない。
それでも、というのであれば、魔術の腕が落第ぎりぎりのメルエール嬢の身を護るにふさわしい何らかの力を見せてもらわねば。
かわいい使い魔愛好会が守ってくれるとは限らない。むしろその場その時の都合や状況で手のひらをくるくると返すのが貴族である。
今、メルエールの周り寄ってきた女子たちはつい最近までメルエールに触れないようにしていた者たちだ。
突然集まったように、突然いなくなることは大いにありうる未来である。
とはいえ、周りの女子によってワンワソオはなぜかメルエールから遠ざけられている。
メルエールはいつも使い魔を連れているため、なかなか確認することができないでいた。
と、そんなとき、ワンワソオの耳に一つの情報が入ってくる。
「今日は使い魔はどうされましたの?」
「洗濯をさせていまして」
「あらあら、亜人型の使い魔は便利ですわね――」
こうしてワンワソオ黒森子爵嫡子はメルエールの使い魔のもとにやってきたのだ。
「ここにいたのか貧弱な使い魔よ」