戦争初心者うさみ 44
「師匠と呼ばせてください!」
「いやどす」
噛んだ。
一晩ぐっすり寝た翌朝、うさみはすっきりさわやかな気分で七割さんのもとへ向かっていた。
ぐっすり寝れば気分をリセットできるのは長く生きる上で身についた能力だ。
たとえ休日を無為に過ごしたことだって切り替えられるのだ。
思い出したら自分がさみしい人間なんじゃないかと思えてきたが切り替えたので大丈夫。
一回で切り替えられなくても百年くらい繰り返せば大体大丈夫だし。
そういうことにしておいて。
さて、昨日からの数日間は七割さんは折衝のために跳びまわるため、時間が取れるのは早朝に限られる。
なので早起きして指示を受けなければならないのだ。
早起きするのは苦ではない。一人農家していると日常になるので。
ともあれそんなわけで、呼び名が会議室で定着つつある、いつものちょっと広いだけの部屋へとやってきたのだ。
そしてあいさつしながら部屋の扉を開いた。
「おはようござ……」
「師匠と呼ばせてください!」
「いやどす」
噛んだ。
扉を開けるとそこには銀色の髪で眼鏡の、二十代前半くらいの女性が立っていて、いきなり弟子入り志願? をしてきた。
なんだこれ。
と、奥を見ると、黒犬さんと七割さんがこちらを見ていた。
黒犬さんはちょっと疲れた様子で、七割さんはニヤニヤと笑みを浮かべている。
黒犬さんはなんか仮称面倒そうな人を案内という名目で先日の森に連行されたような話だったはず。
ということはこの銀色の髪の眼鏡が仮称面倒そうな人ということか。
いや、予想通り面倒そうだ。
面倒そうな人はうさみより若干下の位置から眼鏡の中の目をキラッキラさせてうさみを見上げていた。
うさみより小さいなんて珍しいと思ったら、膝立ちだった。
頭が低い。
うさみはちょっと面倒そうな人を見直した。
「えっと、誰?」
「はい! 申し遅れました! あたしは十四代目元祖メリー! 錬金術士です!」
「元祖……メリー!?」
錬金術士というのは、大枠だと魔法使いの一種になるのだが、一般には魔法使いギルドなどとは別路線で売っている職業だ。
ざっくり分けて魔法そのものを扱う魔法使い、日常的に活用するのが錬金術士、といったところなのだが、互いに領域が被っているせいでしばしば対立することもある。
まあ珍しくもない職業なのでうさみが驚いたのはそこではない。
「ああ、はい! 元祖です!」
「元祖」
そこでもないのだが、いやそれはそれでちょっと気になるか。
止めないでいると元祖さんが解説してくれる。
「かつて我らが錬金術士メリーが過去大きな功績を残した結果、その名を代々最も優秀な弟子に継承されることになっておりまして! ですが五代目が実力よりも自身の子に名を継がせ、本家を名乗ったのです!」
「はあ、じゃあそれに反発した他の弟子が元祖を名乗ったの?」
「さすが師匠! よくおわかりで!」
師匠じゃないし。
「師匠じゃないし」
「ですが師匠! 一門の教えに、『優れた技術を持つ者がいたらためらわず教えを請うべし』というものがありまして!」
「うぐ……それはそっちの都合でしょ」
厄介な相手だった。
何が厄介かって。
そのメリーって、多分うさみの友達なのだ。
始まりの街スターティアで毎度飢え死にしかけているところを助け、半ば独学で錬金術士を目指している彼女をちょっと手伝うというのが、うさみがこの世界に出現して最初にする仕事である。
その後も彼女が死ぬまではたまに遊びに行ったり手に入ったものを見せびらかしたりもする。
うさみにとって確実に会える友人である。
確実に死に別れるし、相手はこっちを覚えていないという寂しい欠点もある。
しかし、放置すると生活が破綻して飢え死にする危険がある子なのでついつい毎回助けてしまう。
そんな相手だ。
さらに言うとさっきなんか言っていた教えを請えとかも覚えがある。
仕事がうまくいって調子に乗りすぎてることがあり、見ていられず口を出したのだ。
その時にそんなようなことを偉そうに言ったような覚えがあるような無いような。
まあ忠告むなしく、結局ひとの嫉妬を買って彼女はひどい目に遭ったのだが。
まあそんな友達の、なんだ十四代目の弟子?
うさみはどう対応していいか迷ってしまい、同でもいいことを口にした。
「作戦名とか使わないの?」
「はい! 次代に継ぐまでは他の名を名乗ることはありえませんので!」
うさみはなんだか恥ずかしい過去が暴かれたような気分になった。
いや多分、別に恥ずかしくは無いような気もするけれど。多分気分。