戦争初心者うさみ 40
うさみ(人族に変装した姿)がおじさんと手を繋いで路地に入っていくのをうさみは見ていた。
おじさんはポケットから何かを取り出してうさみの口元にあてる。
するとうさみから力が抜け、ぐったりとおじさんに寄り掛かる。
そしてすぐに物陰から現れた、人相の悪いおじさんが持ってきた麻袋に入れられ、肩に担がれる。
おじさんたちは辺りを目視で確認した後、駆け足でその場を離れる。
無言で動く二人のおじさんたちを、路地の入口から眺めていたうさみは、
「手慣れてるなあ」
と思いながら追いかけた。思うだけでなく口からも出ていたが。
誘拐犯かもしれないおじさんと手をつなぐのが嫌だったうさみは、さっさと人形と入れ替わっていた。
布を雑に束ねただけの人形だが、重さと大体の形だけは調整してある。
これに魔法でうさみ(が変装した人間)の姿を投影しつつ、操り人形のように動かして、同時にうさみ本人は他者の注意を引かなくなる魔法で気配を消して追跡する。
こういった、ごまかすための魔法は、相手の想像の範囲を超えると難度が上がるのだが、想像の範囲内で相手に都合がよい方向性だと逆に効果が高まる。
例えば、誘拐しようとしている女の子と手を繋いで待ち伏せ地点まで案内したいなと思っているならば、布束人形を女の子と錯覚しやすくなる。
常識的に考えて女の子が魔法で人形とすり替わるとは思わないのでなおさらだ。
さらに誘拐現場は目撃されていない方が都合がいいので、魔法で気づきにくくなっているうさみを見落としやすくなるのである。
他にも、森にヘビがいるのは当たり前なのでヘビがいるような気がする錯覚を与えるのは難しくないのだ。
逆にポカポカ陽気の散歩道のように錯覚させるのは常識外ではあるが、錯覚しておいた方が本人にとっては都合がよいためにねじ込める。他の要素もあるのでそれだけではないが。
さて人さらいである。
はじめから人さらいであると七割さんから聞かされていた。
単純に人がいなくなったのであれば、殺人や、出奔などの可能性もある。
失踪したのが若い女の子であれば駆け落ちなども考慮のうちだろう。
しかしながら七割さんは人さらいと断定していた。
これには理由があった。
犯人の目星がついていたのである。
ドSで少女性愛嗜好を持つ王国貴族なのだという。
目星がついているのなら踏み込めばいいとうさみは思ったのだが、証拠もなしに貴族の屋敷に踏み込めるほど地盤固めが進んでいないのだと返された。
当代国王は代替わりしたばかりで、その経緯には黒い噂がある。
詳細を聞いていいか訊ねたらまだ早いと断られたのでまあそういうことだろう。
カ・マーゼ王国においては国王にとって貴族は無視できない相手である。
それは兵力を持っているからであるし、国内で派閥を構成しているからでもある。
国王の命令で直接動かせる兵は限られており、また、各々利益などを軸に集まって互助しているので誰か一人をつつけば関わりのある複数の貴族を相手にしなくてはならない。
なので貴族の権利を侵害するには相応の名分が必要なのである。
みんなが納得するくらいの名分でなければならない。
怪しいから捜査するでは足りないのだ。
証拠があるから罰を与える、であればセーフ。
そんな話を聞かされてもうさみとしては、貴族社会ってめんどくさいなと思うばかりであった。
そしてそんな状況でうさみに話が来たということは期待されているのは身をもって証拠となることだ。
おとり捜査ってそういうことだよね。
正直めっちゃ嫌なのだが、幻術使いなら適役だろうと言われると、うさみもそうだなと思うし、被害に遭っているのが若い女の子と言われればかわいそうだと思うのだ。
別に幻術とかの専門家でもないのだけれど、七割さんに見せてきた実績からするとそうとられても仕方がないだろうし、訂正してもっと全力で協力を強要されたらそれも多分よくないだろうから、その方向で行った方がマシなのかな。
とか思いながらこうして人さらわれているのである。さらわれたのは人形だけど。
そして、用心深い魔法使いとかが関わってないといいなと思いながら、どこにでもいそうなおじさんと人相の悪いおじさんを追いかけるのだった。