戦争初心者うさみ 39
「お嬢ちゃんひとりかい?」
「そうなの。お母さんが迷子になっちゃって」
声をかけてきたのは薄汚れた格好の成人男性である。
もっとも、王都マーゼにいる人間の三割くらいはこのような格好だ。
働いていれば服が汚れもするし、汚れる服を毎日洗濯する労力を費やすのは一般的ではないからだ。
つまりどこにでもいそうなおじさんである。
ただ、顔面に張り付けられたうすら寒い笑顔を除けば。
笑顔が苦手なおじさんが子どもに話しかけるにあたって頑張って表情を作ったという可能性もある。
しかし、今回の場合はそういうわけではないだろう。
というかそうでなければ困る。
「向こうで女の子を探しているお母さんを見かけたよ。お嬢ちゃんのお母さんかもしれない。連れて行ってあげよう」
「ほんとう!? ありがとう!」
表情を作るとボロが出そうなので魔法で笑顔のように見えるようにする。
ああ、おじさんとやってることが同じじゃないかこれ。
「人さらい?」
「そ」
エルプリと面会した後、拠点に戻ると黒檀こと七割さんから新しい仕事の話を聞かされることになった。
室内には、七割さんしかいない。赤熊さん護衛いいのだろうか。
「というか、報告はいいの?」
「黒犬から話は聞いているから。それに、ちょっと興味を持っちゃった子がいてね、黒犬引っ張って現場見に行ったのよ」
「黒犬さんに報告任せてよかったよ」
帰ったばっかりでかわいそうだね。
と言おうと思ったのだが、口が滑った。
七割さんがそれを聞いて笑う。
「まあ戻ってきたら改めて話を聞くことになるでしょう。うちでは珍しく有名人だから楽しみにしててね」
「えっと、うん」
なんだか嫌な予感がする。
面倒な人の気配である。
というかこの地方の人族の有名人とかしらないし。あ、人族じゃないかもしれないのか。どっちでもいいか。
「そういうわけだから、一旦そっちは置いといて、別件をね」
「で、人さらい」
「そう人さらい」
話が戻ってきた。
ざっと説明を受ける。
王都マーゼで人さらい事件が起きている。
狙われているのは傾向があり、未成年の女性が多い。
客観的に見て滅びかけの国なので、治安の悪化は順当といってもいい。
エルフ戦と戦勝パレードで士気は回復しつつあるのだが、根本的なお隣の国との関係は変わってないのである。
「王様はうちの財産に手を出す輩は許すまじ、とおっしゃっているのだけど、ちょっと手が足りなくて宙に浮いていた案件なの」
「人手が足りないのに遊びに行くのは許すの?」
七割さんは目をそらした。
まあ、うさみの仕事が信用できるかどうか確認に行ったとはいえないだろうし仕方がないか。
「ちょうどいい人材が来たからってことでもあるのよ。そういうわけで囮よろしくね」
「え」
そしてうさみは人さらわれることになって、人さらわれたのだった。