戦争初心者うさみ 32
「なんで?」
エルフに森を調べさせるのはいい手だなと思っていた矢先に向いてないと言われたので、うさみはちょっとむっときた。ちょっとだけよ?
「人族の兵士は樹の上を移動できないであります」
「あっ」
盲点だった。
いや、盲点じゃない。気づいて当然のことである。
気づかなかったのは普段気にしていないからだ。
一人で生活している弊害である。
自分を基準に考えるのが当たり前になっていた。
考えてみれば木の上を移動するとか地球でも忍者の人くらいだろう。ニンニン。
普通の人は木に登らない。子どもの遊びならともかく。
ついでにいえば、戦争するなら重たい鎧とか武器とか荷物とか持っているだろうから普通じゃなくても木に登らないだろう。
「それに、地上を行くとしても、我より体力がある兵士は少ないでありますから」
「おぅ……」
黒犬さんは軽装である。
ぬののふくにかわのこしまき、それから麻の袋をサンタさんみたいに背負っている。サンタさんほど大きくないが。中身は干し肉だと言っていた。
武器とかも持っている様子はない。
そんな装備で森に入って大丈夫かと思ったが、うさみは人のこと言えないような気もしたので触れていない。
「我、獣人でありますし、見ての通り軽装であります。個人的にも森歩きには自信があったのでありますよ」
過去形であった。
ちょっと表情が暗いようにも見える。犬だからあんまり観察していないから気のせいかもしれないけれど。
「なんかごめん」
うさみはなんとなく謝った。
改めて考えるまでもなく、この任務はうさみを試すためのものだ。
黒犬さんはうさみの見張り役である。
現状は、人質であるエルプリから離されて、時間がかかる仕事をさせられている状況である。
客観的に見て、うさみは一人で逃げてもおかしくない。
うさみが話したことを信じるなら、エルプリとうさみの関係は深いとは言えないからだ。
そして黒犬さんの監視下から逃げ出すのは難しくない。
それは七割さんもわかっていると思う。
かといって、七割さんの勘だけで全面的に信用されているとはうさみも思っていないし、実際まるっとうまくいく方法が思いついたらエルプリを連れてこんな国おさらばしたいと思っている。うさみはともかくエルプリが郷のエルフを人質に取られているのでは難しいけども。
まともに働く気があるかどうか、ないなら今どっかいけよ、みたいなメッセージを感じる。
そうすると、この任務はあんまり重要ではないかもしれない。
仮にうさみが逃げるとして、黒犬さんだけでこなせるかもしれない。
しかし、逃げる際に黒犬さんを殺すなどの可能性がある。いや、やんないけど。
やんないけど、もしそうなったなら、この任務は当然失敗である。
七割さんの七割当たる勘でそうならないと踏んでいるのだろうか。
それにしても七割だし……。
なんだか、あんまり重要でもないかもしれない仕事をやらされてるのかもしれないと思うとイラっとしたかもしれない。
かもしれないが多いかもしれないが、勝手に想像しているので仕方がない。
しかしイラっと来たので見返してやろうかという気にはなった。
もしかしたらうさみに殺されることまで織り込み済みかもしれない同僚“黒犬”と一緒に……犬じゃなかったらなあ。
うさみがチラリと黒犬さんを見ると、向こうもこちらを見ていたようで目が合った。
犬と目が合ったら下手にそらしてはいけない。
うさみはそう信じていたので、しばらくにらめっこすることになったのだった。