戦争初心者うさみ 27
「わたしが働いてる間、あの子がどういう扱いを受けるようになるの? それと、紅の森のエルフたちも」
「子どもの方は丁重な扱いをして懐柔するわ。貴女へのご機嫌取りも兼ねてね。本人次第では王の側室までありうる」
「え、なにそれ。王様ロリコン?」
「ろり?」
「あ、えっと、子ども抱く趣味がある系の人なの?」
十歳(見た目はもっと下)のエルフを嫁にしようとかマズいのではないだろうか。
いやこれは現代日本にいたころの価値観か。
いやそれでも、子ども産めない歳の子を、というのはやはりその、偏ってないか。
「いやいや。五年もすれば適齢期になるでしょうよ」
「あ、そういう計算なら……」
それでも早い気もするが、死にやすいせいで平均寿命は短いこの世界、結婚年齢はだいぶ早い。
うさみの感覚は日本に引きずられているところがどうしてもあるので違和感はあるがこちらの方が例外なのだ。
それより、故郷を滅ぼした者を嫁にするというのは……これもそれほど珍しい例ではないか。
公式に側室にするというのであればむしろ有情かもしれない。
本人の感情を除いて客観的に見ればだが。
戦争で滅ぼされた側がどういう扱いを受けるかは滅ぼした側の胸先三寸である。
だが、それにも相場というものがある。
側室にするまで考慮しているということはそれだけ重視しているということだ。
なんと言っても王様の嫁だ。
背景にある何らかの力を王様の側が欲しているという、政治的な目的があるわけだ。
見た目が気に入ったとかであれば愛人で十分なのだから。
ということは。
「捕まえたエルフを戦力にする気? 故郷滅ぼしといて無茶じゃないの?」
エルプリの後ろにいるのは紅の森の捕虜のエルフたちそのものである。
それ以外にはないと言ってもいい。
しかし、彼らは、謀略で故郷を滅ぼされているのだ。
さぞ恨みを買っているに違いない。
それを取り込む?
だったらもっと別のアプローチをしておけばよかったのではないか。
謀略で人質取って最後に焼き尽くすまでやるのはどう考えてもやりすぎだろう。
味方にしようと思っている相手にする行動ではない。
……いや、もしかしたら捕まってるエルフの一部をすでに取り込んでいるのかも?
さっきちらっと考えたじゃないか。捕まっていたエルフの中に内通者がいたのかも、と。
強制の魔法か契約の魔法なんて話も出ていた。
やろうと思えば可能ということか。
「その顔は、自分で気が付いたみたいね。魔法を含めて、穏便なものから強制的なものまで、従わせる手段はあるの。エルフの特徴も知っているしね。なんたって、私もエルフだから。特に、魔法なしで夜目が利くというだけでも、私たちの仕事としては役に立つ。逃す手はないってこと」
うさみはちょっと気持ち悪くなった。
こうまで言うなら、エルプリは穏便な手段で徐々に思考を彼らの都合のいいように変えられていくのだろう。五年くらいかけてじっくりと。
子どもをそんな風に利用しようという。
それは気に入らない。
しかし、この状況を台無しにしようとエルプリを連れて脱出しようとしたとして。
エルプリは賛成するだろうか。
他のエルフたちが既に人質にされているのだ。
エルプリが逃げればエルフたちを傷つけるなり殺すなりと脅されているはずだ。
うさみがエルプリを人質にされているように。
うさみは、他のエルフたちはまあ、この際しかたがない、と割り切れる。
接触は少ないし散々文句を言われただけだし。
しかし、エルプリはそうではないだろう。
エルプリが動けないのなら、うさみも動けない。
そういう仕組みなのだ。
エルプリを見捨てることでうさみだけ自由になることはできる。
もしかすると、エルプリと話せばそういう提案をしてくるかもしれない。
だが、いまさらである。
情が移った子を見捨てるのはつらい。
詰んだ。いや詰んでいた。
うさみの決定的敗北である。
勝ち筋はうさみとエルプリの存在が露見する前にすべてを片付けることしかなかったのだ。
甘く見て手加減した結果がこれである。
うさみは大きくため息をついた。
気持ち悪さを吐き出すように。
「わかったよ。ただ、条件つけさせてほしいな」
「ええ、快適とは言えないでしょうけど、出来るだけの労働環境の便宜は図るわ。貴女への期待の分だけね」
「その分働けってこと?」
七割さんはニヤリと笑った。
うさみは降伏した。