戦争初心者うさみ 23
宿の部屋には一通の手紙が残されていた。
手紙には「娘は預かった」という言葉と、場所が指定されていた。
王都マーゼの裏路地の一角。
うさみが、こういう場所には関わりたくないなあヤダヤダ、と普段なら思うようなあまり治安が良くない系の場所である。
しかし、エルプリの身柄を抑えられている以上、うさみに選択肢はない。
いやらしいのは、手紙に相手の正体が書かれていないこと。当然と言えば当然なのだが。
もしかしたら紅の森のエルフたちを捕らえている国とは別の勢力、例えば裏社会の人とかが犯人の可能性がある。
もしそうだったら、開き直って魔法でドカンと解決することは危険である。
日常用の魔道具に使う程度の魔力であればともかく、大規模に魔法を使うと国が介入してくるかもしれない。
そうなるとエルフたちを解放するのが難しくなるだろう。
大規模な魔法を使う何者かが王都に潜入して何かしらの活動をしていると発覚すれば警備も厳重になるだろうし、時勢を考えればエルフと関連付けられる可能性も高い。
逆に国の人だった場合は、もう目的から何から全部バレてて手詰まりになっていると考えていい。
どうにかしようとしても、今度は捕まっている他のエルフが人質に追加されることになる。
エルプリが紅の森のエルフだと正体を放していなければいいがそれは期待しすぎだろう。
だって十歳の子どもだもの。見た目よりはしっかりしているけれど。
しかもエルフだ。
それこそ捕まっているエルフとでも引き合わせれば正体はすぐ割れる。
とはいえ、ほとんどなくても可能性が残っているだけでとれる手段が狭まっていた。
うさみにとって重要なのはエルプリの身柄と意志であり、エルプリの意思は紅の森のエルフの救出である以上、これを無下にすることはできない。
ではエルプリの身柄を先に確保すればどうか、というとこれも難しい。
というのは、指定の場所にエルプリはいないからだ。
なぜわかるかというと、エルプリに渡した朋友の腕輪である。
これにはうさみが意識すればエルプリのいる方向がわかるように細工をしてあった。
エルプリとはぐれることは想定していたのだ。
常時わかるようにしていれば、エルプリの体が宿から動いた時点で分かったのだろうが、そこまでするとプライバシーもあるし、寝るときとか集中したいときとか邪魔なのだ。
なのでうさみが自発的に確認する必要がある仕様にしたのである。
なら小まめに確認すればよかったのだが。
宿においておけば大丈夫だろうと安心していたうさみの失敗以外の何物でもない。
そして呼び出された以上は、指定された場所へ向かう以外の行動をとればエルプリに害を与えるだろうことは想像できる。
そのために当然この宿は見張られているはずだ。
見張りからの報告が届く前にエルプリを救出するか。
いや、リアルタイムかそれに近い連絡手段はいくつか知っている。それらを相手が持っていないことに賭けるのは危険だろう。
それに、向うの状況がわからない以上、魔法なしだと厳しい。
ああ、もっと高効率なこういうときに使える魔法を作っておくべきだった。
今言っても仕方がないが。
うさみは考えれば考えるほど自縄自縛に陥っていた。
正直なところ非常事態に弱いのだ。
自分だけならどうにかなるという心構えで長い期間生きてきている分、人質を取られるとかされると動揺する。
動揺すると考えが浅くなる人もいれば悪い方にばかり考えが行く人もいる。
今のうさみはどちらかというと後者だった。
もともとあんまり広くない視野がいつも以上に狭窄中である。
「ひとまず、従うしかないか」
考えた末、結論はこうなった。
考える前と変わっていないのは残念なことだった。
なんかもう全部投げ出して帰りたい気分だったが、今更エルプリを見捨てることも、うさみにはできなかったのだ。