戦争初心者うさみ 18
うさみは、焼け跡の真ん中に立つ赤樫の木を見上げて呆然としていた。
昨晩、元紅の森で野営することになった。
エルシスの提案だった。
今後の行動如何にかかわらず、日が暮れるのでどこかで野営する必要がある。
それなら、一晩くらい、この場所で過ごしたい。
そう言われてしまうと、うさみには断ることが出来ず、断る理由もなかった。
そして、夜を明かした次の日。
焼け跡の真ん中に新しく木が生えていたのである。
うさみは何も言えず立ち尽くしていた。
心の奥から湧き出してくる感情を抑えるのに精いっぱいだった。
苛立ちと怒りと悲しみと寂しさと意味わかんないという拒絶とあとなんかいっぱい。
そんなフリーズしたうさみに、後ろから声をかける者がいた。
「エルシスねえさまは、言ったら止められるから黙っておってすまぬと」
傍らに光の玉を浮かべたエルプリだった。
光の玉、精霊は、昨日よりいくらか強い光を放っている。
「この場に皆が帰って来る場所を作っておきたいと、そして、精霊様の力になれればと言っておったのじゃ」
エルプリの言葉は平坦で、何を思っているのか、うさみには読み取れなかった。
ただ、聞いているうちにうさみの中の感情が爆発したので叫んだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
エルプリが耳を塞ぐくらいの声で。
ついでに魔王化しそうになったが条件がそろっていなかったので魔王にはならなかった。
さらについでに焼け跡全域に大地の恵みの魔法をかけると、一帯が花畑に変わった。
さらにさらについでに、魔法でエルシスだった木から枝を一本分離させ、変形させて腕輪を作った。
「エルプリちゃん、これをつけて」
「……う、うむ。なんなのじゃ?」
景色の変化に唖然としていたエルプリに腕輪を渡す。
見た目は蔓でもを編んだような形状だが、実際には赤樫の枝を変形させたものだ。
「朋友の腕輪、だったかな。精霊様が光って目立つから、これに宿ってもらうといい。相性はいいはずだからね」
いつだったか、うさみも使っていたことがある道具で、特定の条件を満たした存在を宿すことが出来る。
双方の合意がなければだめなど、条件はそれなりに厳しいが、ウサギとか獣にも使えたし、精霊と名のつく別の存在を一時的に、ということもできたので森の精霊でも大丈夫だと思われる。
材料が材料なので相性だけは問題ないはずだ。
うさみに言われるままに腕を通したエルプリだったが、精霊は反応を示さない。
「せ、精霊様? うさみ?」
なぜかエルプリが動揺しているので、うさみは尋ねる。
「名前つけた?」
「せ、精霊様に名前を付けるのじゃ!?」
精霊とうさみを交互に見てますます動揺するエルプリ。
「そ、そんな恐れ多い事わらわにはできぬのじゃ……!」
「じゃあエル子で」
地に膝と両の手をつくエルプリをよそに、うさみが名付けた。
本来ならエルプリが名付けるのが筋なのだろうが、出来ないというなら仕方がない。
「エル子。エルプリちゃんをよろしくね」
精霊エル子はぴかぴか光ってエルプリが身に着けた腕輪に吸い込まれるように消えていった。
「…………はっ! 精霊様!?」
エルプリが騒ぐが無反応。
新しく生まれた存在に名前を付けるということは、神様に与えられた人類の使命、という設定である。
少なくとも神書にはそうある。
なのだから精霊だろうが何だろうが、名前を付けるのに躊躇う必要はないと思うのだけれど。
うさみにとってエルフ文化はまだ遠いらしい。
「名前で呼んでさしあげないと」
「ええええ。え、エル子?」
腕輪がピカピカ光った。
エルプリがほっと胸をなでおろす。
その姿を見て、うさみはちょっとすっきりしたのだった。