戦争初心者うさみ 17
紅の森の集落は、強力な魔法使いか、儀式魔法による高度な魔法の一撃で焼かれている。
というのも。
「上空から見た時にわかったと思うけど、侵攻してきた線と除けば、綺麗な円形に焼けていたでしょう。そして、燃えてるところと、無事なところの境目、不自然なほどはっきりしている。広範囲魔法の効果範囲制御に結界を使ってるんだ。ってことは」
「ことは?」
誰かがゴクリと喉を鳴らした。
「どういう意味があるんだろうね」
「思わせぶりに言い出しておいてわからぬのか!」
エルプリがうさみをぺちぺちと叩く。
「いやまあ、人の家を焼く人の考えとかわかんないし。ただ」
うさみは叩かれながら言葉を続ける。
「こっちの、穴を掘った跡も焦げてるんだよね。つまり、穴掘った後に焼かれてる。戦闘中にのんびり穴掘りとかしないだろうから、穴を掘って岩に刺さった剣を取り出したのは、制圧した後のはず。そして見張りも残していないことを考えると」
「またわからぬのじゃろ?」
一度言葉を切ったうさみに、頬を膨らませてそっぽを向くエルプリ。
エルシスが困った妹を見るお姉ちゃんのような顔で、その様子を見ていた。
「目的は剣だったみたいだね。ただ、住民も拉致されてる可能性が高いかな。森を焼いたのは帰る場所をなくして捕まえたエルフの心を折るためじゃないかな」
「の、のじゃ……」
「非道な……。いや、相当考えを読んで思うるではないか」
ないと思っていた答えが返ってきて、そして、その内容が思ったよりエグかったからか、エルプリは完全に引いていた。エルシスはちょっとだけ余裕があるようだが。
「まあ、ただの想像だから。実際のところ本命はそっちでしょ」
「ただの想像で怖い事言うのはやめるのじゃ……うむ、始めるのじゃ」
エルプリが、焼け跡と無事な森の境界近くにある、一本の木に近づいて、そっと額をつける。
すると、木は柔らかな光に包まれ、そしてその光がエルプリへと吸い込まれるように移動していく。
「樹木化したエルフとの意思疎通か。そんなことが出来るんだね」
「うむ、近しい者でなければならぬがな」
エルフが体を欠損した際などに樹木化することはすでに聞いていた。
他にも長く生き、死を実感するようになった者、つまり老化が始まったエルフも、同様に樹木化することが多いのだという。
魔物が暴れたり、自然災害で被害があった場所で樹木化することで森を維持したり。
聖域で、精霊の力になったりするのだそうだ。
そういうことを聞かされると精霊の力を弱体化させたことに対する罪悪感が増すのでうさみは心の棚を一つ増やした。
さておき。
元エルフだった樹木、特に新しいものは、まだエルフとしての性質を残していることがある。
そのため、付近であったことを、エルフの感性と近い形で認識しているのである。
そして、それを精霊の力を借りることで読み取ることができる。
うまくけば、この場でなにがあったのか突き止めることが出来るかもしれない。
そんな話が出たのは、エルシスが、なかったはずの木を見つけたからだ。
その場所に木がなかったことを知っているのは紅の森のエルフしかいない。
となれば、これ、いや彼は、エルフたちが残したメッセンジャーだろう。
そしてエルプリが試してみたというわけだ。
「反応があったってことは、精霊様は生きてるってことだよね? 生きてるって表現があってるかわかんないけど」
「そうだ。聖域がすべて焼かれでもしなければ、滅ぶことはない。弱らせるだけでも滅多なことではないはずだ」
うさみは目をそらした。
「でも、住処は焼いて精霊様は見逃したってことは、攻めてきた人は精霊様のことを知らなかったのかな。それとも、無害と判断したのか」
「それもすぐにわかろう」
まあ、考えるにしても、得られる情報がそろってからか。
うさみはエルプリが役割を果たすことを、黙って待つことにした。
□■ □■ □■
連れていかれるエルフ。
無数の人族が攻めてきていた。
人質。
禍々しい杖。
激しく戦う戦士たち。
魔剣。
抜けない。
岩ごと運ぶ。
繋がれるエルフ。
燃える森。
黒のローブ。
多くの人族が死んだ。
旗。
斬り払われる枝。
燃える森。
□■ □■ □■
エルプリの手の中に、小さな光が浮いている。
「精霊のかけら?」
「なのじゃ」
かつてエルフであった木からは断片的なイメージを得ることが出来た。
時系列はバラバラらしい。
強い印象があった情報が無作為に取り出されたのではないかと、これはうさみの考えだが。
解釈する必要はあるが、先のうさみの想像から大きく離れてはいないようだと結論した。
さらに旗から攻めてきた勢力の手がかり燃えることが出来、成果としては上々だと思われた。
そしておまけが。
エルプリが、精霊からその力の一片を託されたのである。