戦争初心者うさみ 15
「紅の森へ向かおう」
橙の森を出て移動中。
両の足の具合を確かめながら歩いていたエルシスが、提案した。
「……どれくらいの距離なの?」
「二十日ほどなのじゃ」
「遠いね」
今、うさみは神聖魔法が使えないので、魔力を使った義足をエルシスに提供した。
間に合わせでだいぶ違和感はあるだろうが、一応跳んだり跳ねたりはできるだろう。
正直これで満足されては困る。
何が困るかというと。
「それわたしの魔力使ってるから、結構大変なんだよ。二十日もかかるなら寄り道して治療した方がいいじゃない」
はじめから一時しのぎとしてでっち上げたものなので、維持のためにうさみに負担がかかるのだ。
錬金術の設備と素材があれば、もう少しましなものを作ることが出来るだろう。
真面目に一から義足なんてものを開発しようとするなら短時間では終わらない。
というか錬金術を使えるなら再生薬を作ったほうが早いだろうが。
で、どれくらいの負担になるかと言えば。
「掌の上に立てた棒の上に石を置いて落ちないように動いてる感じ」
「どれ、なのじゃ」
エルプリが、落ちていた枝と石を拾って試そうとしたが、そもそも枝の上に石が乗らなかった。
「難しいのじゃ」
「例えだから」
あんまり難しくないが集中力を取られるというつもりの例えだったが、もうちょっと形が整った……じゃなくて。
「おんぶしていった方が楽なくらいで」
「ならば背負ってもらってもかまわん」
「えぇ……」
エルシスが急ぐ理由はわかる。
片道二十日、往復四十日もあけていたら、故郷がどうなっているかわからないだろうし。
仮に自分のために寄り道して帰ったらすでに滅んでいました、となったら悔やみきれない、と考える気持ちはわからないでもない。
ただ、そもそもとして、救援を必要とするほど押し込まれていて二十日も絶えるだけの抵抗力が、エルフの集落にあるだろうかとも思う。
橙の森と同程度の防衛力であれば。
エルフの総数は三百人程度。少ない。
周辺は迷いの森にされていて、簡単には突破できない。
エルフ側はこれと地形を盾に数人規模の部隊で動いて遊撃を行う。
迷いの森を突破できないなら救援を呼ぶまでもなく。
迷いの森を突破されたなら、四十日もかかる救援は間に合わないのではないか。
うさみの懸念とエルシスの懸念はある意味で一緒である。
ただその後の結論が違う。
だからこそ急ぎたいというのと。
だからこそただ急ぐよりは最低限態勢を整えたうえで行くべきだというのと。
二人の意見が平行線なら、決めるのはもう一人の判断だろうか。
「うさみ」
「うん?」
「急いでなおかつエルシスねえさまの足も治す方法はないのじゃ?」
「あるけど」
「そうじゃよなあ……って」
「あるのか!?」
あるというか。
「わたしが二人担いで全力で移動すれば歩いて二十日くらいの距離なら一日かからないし、二、三日寄り道して治療しても四日でつくよね」
歩きじゃなくて走って移動でも大差ない。
途中で何か時間がかかる手続きがあるのなら別だが。
「……そ、それならむしろ、先に紅の森を確認してからでもよいだろう!?」
しばらく絶句していたエルシスが、半ば叫ぶように言った。
それも一理あるといえばある。
「口惜しいが、私ひとりが万全になるより、うさみが一日早く到着する方が価値があるだろう」
それも一理あるといえばある。
しかしうさみとしてはどこまで協力するか、未だに決めかねていた。
深入りしたらどう転んでも絶対に後悔する。
だから戦争とか絶対に関わりたくない、と思っているのだが。
今回ばかりは責任を感じているのである。
でも、責任感でどこまで突っ込むか。
長く生きすぎて、判断が遅くなっている気がする。
こういうしがらみから身を隠したくて隠遁場所を探していたはずなのだからさっさと切り捨てるべき。
こんな子どもが頑張ってるのに見捨てるのも後悔するだろう。
知らなかったらよかった。
あるいは、前の生のことは切り離して考えられるようになってきている。
でもなあ。だからなあ。しかしなあ。まあしょうがないか。
空転する思考を止めた。
「じゃあ、そうししょうか。ただ、ちょっと認識の齟齬があると思うんだよね」
「のじゃ?」
「む?」
「わたしが戦争で何の役に立つと思うの?」
ちょっとだけ予防線を張っておいた。