戦争初心者うさみ 12
「浮草よ!」
降伏勧告したところで、横から声をかけられたのでうさみがそちらに目をやると。
うさみと、アルナイの“試し”を見守っていた責任者の合図で橙の森のエルフたちがうさみに弓を向けてきた。
「せ、精霊様を解放せよ!」
精霊。
今回エルフの棲家を訪れるまで思った都議話くらいでしか聞いたことがなかった存在である。
エルフたちの行動からすれば、彼らにとって重要な存在であるということはわかる。
それなら“試し”に関わらせないでもらいたかった。
実際にさわったところでは魔力の塊である。
ただ、指向性がある。
魔力というのは魔法を使うのに必要なものだ。
燃料とも、触媒とも、エネルギーそのものとも表現できる。
物理法則とは別のものなのでちょっと説明が難しいが、大まかに言うと量とか密度とかが高いほど物理法則を越えて大きなことが出来る。
それが魔法である。
また、うさみがやったように、魔力そのものを変質させて物理的に干渉させることも可能だ。
魔法は大体何でもできる。
魔力さえ足りれば。
そして、精霊は魔力の塊である。
魔力の塊に指向性があるというのは、存在そのものが魔法のようなものだ。
それもある程度複雑なことができる。
自動で動くロボットか、自分で考える人工知能、いや魔力知能か、それとも、魔力生命体とでも呼ぶべきある種の生き物か。
その辺のことは調べないとよくわからない。
ただ、アルナイと協働していたので、意思疎通手段がありある程度融通が利くのだと思われる。
神聖魔法とは違う感じだったので神様ではないようだったが。
しかし、自身とは別の何かの力を借りるという点では類似していた。
いやまあそれはいいとして。
「何言ってるの? アルナイさんまだ降伏してないじゃん。それとも、あなたたちも加わるの? それなら最初から言っておいてほしいんだけど」
こちらの方が問題だ。
うさみはこちらに向けて矢をつがえているエルフたちを見た。
彼らは、最初は隠れていたのだ。責任者のエルフの護衛だったのだろう。
六人いる。
うち二人はエルプリとエルシスを狙っていた。
「アルナイさん降参してくれない?」
うさみは対処できると判断して再度アルナイに降参を勧告した。
アルナイは関節を固定して動けなくしているままだが、口は動かせる。
うさみの視線を受けて、ものすごい悔しそうな顔をして言った。
「降参だ」
「はい」
うさみはアルナイの拘束を解除し、“精霊様”を封じる外殻も分解した。
「精霊様!」
責任者のエルフが叫ぶ。
それと関係あるのかないのか、“精霊様”は地面に溶けるようにして消えていく。
「聖域へ参る! 戻るまでこ奴らを樹牢へ!」
責任者の人が命じる。
そしてうさみたちを狙っていた六人のうち二人を連れて、足早に去っていった。
このされたのはうさみと、エルプリ、エルシス。それからアルナイを含む五人のエルフ。
うさみは、エルプリを見た。
エルプリがびくりと震え、エルシスがエルプリの体を引っ張って後ろへ隠した。
うさみはそれを見てちょっと傷ついた。
一応、エルプリのために働いたつもりである。
なのにその相手に怯えられてしまったらどうすればいいのか。
何が悪かったのか。
怪我人も出していないし、エルプリの証言を証明するという主旨だったので足の速さを見せればいいだろうと考えて、逃げる姿を見せた。
ついでに回避や移動のスキルを鍛えさせてもらったが。
アルナイを無力化するのも無血で終わらせた。
矢を誘導して当たるようにしたが、直前でちゃんと止めたのだ。
おおむね無害のはずだ。怯えられる要素はないと思う。
ということは。
やはり“精霊様”か。
アルナイの支援用装備くらいの感覚で無力化したが、エルフにとって重要な存在だった。
こういう文化的な齟齬は馬鹿にできない。
重視しているものは個人でも違うのだ。
生き方、歴史が背景にある文化はそのまま価値観である。
イワシの頭だって人によっては信仰の対象になるとかなんとか。
やっちゃった。二回目。
どうしようか。
うさみが対応を考え始めると、エルプリがエルシスの腕を押しのけて前に出た。
「うさみ」
名前を呼ぶ顔には、怯えは浮かんでいなかった。
むしろ、何かを心配するような顔をしている。
「うん」
うさみは名前を呼ばれて頷いた。