戦争初心者うさみ 6
エルフが住む森には、色の名前がついている。
これはエルフの間で使われている名前で、他の種族にとっては常識ではない。
実際うさみは知らなかったし。
他の種族にはエルフの森と呼ばれているのだ。
基本的に侵入者は排除されるので、特例的に交流を持つ一部を除くと森の神秘の種族扱いなのである。
その神秘性をさらに高める要素も存在する。
エルフの森には、大概伝説の、と冠詞がつくようなものがある。
たとえばかつての魔王を倒した伝説の武器とか。
解放されたら世界が滅ぶと言われている封印とか。
世界樹とか。
エルフは引きこもりであり、変化を嫌うので、世界に大きな変革が起きるようなものを嫌う。
そのため、これは他の種族には管理できそうにないなと思ったら自分たちで封印するのだ。
エルフのことを知っている者も、エルフのもとへそういった物を持ち込む。
エルフは長命なので世代交代で忘れられるスパンが長く、危機感を長く維持でき、継承が必要な物であれば番人にうってつけでもあるのである。
「紅の森に人族の軍勢が攻め込んできたのじゃ」
この時点でうさみは関わりたくないなあと思った。
「これが今までになく被害が出ておってな、今にも陥落しそうなのじゃ」
「やばいじゃん」
「やばいのじゃ。それがどうも、森の秘宝を探しておるようなのじゃ」
ますます関わりたくないなあと思った。
被害とか。陥落とか。森の秘宝とか。なに。
「そういうわけで、救援を求める使者として参ったわけなのじゃ」
神妙に頷きながら告げるエルプリ。
うさみはそれを見て少し気になった。
「エルプリちゃん一人で?」
エルプリはまあ見るからに子どもである。うさみと同じくらいに見えるということはそういうことだ。客観的に。
子ども一人をそんな重要な使者にするものだろうか。
「この橙の森に入る前にはぐれてしまったのじゃ。ここは任せて先に行けと。わらわが辿り着けば使者として成立するゆえに」
目を伏せて語るエルプリ。若干語尾が震えた。
「……えっと、エルプリちゃんが代表ってこと?」
「うむ、わらわ紅の森の末子なのじゃ。知っておるかもしれぬが、エルフは若木を貴ぶのじゃ」
「若木を」
なんと、エルプリは紅の森で一番若いのだそうな。
エルフ社会ではあまり子どもが生まれないらしく、最も若い者を託すということは森の命運を託すことに値するとか。
「じゃあ実務は一緒についてきた人が」
「うむ、道案内もなのじゃ」
「あれ、じゃあ道わかんないの?」
知らなかったエルフの文化が明らかになっていくのはいいのだが。
「うむ、そうなのじゃ。探しておったら犬どもに会ってしまったのじゃ。そして下着を剥かれてしまったのじゃ」
「なにそれひどい」
「そなたじゃからな!?」
うさみは目をそらした。
そうか。
異郷で独りぼっちか。
うさみと違って使命はあるが。
こんな子どもが……。
「ちなみに何歳?」
「十じゃ」
……見た目よりちょっと大きいかな。
十歳の子どもにそんな重責負わせてどうするの。
とか。
さすがにこれ置いて行くのは気が引けるわ。
とか。
わたしこの子と同じくらいの見た目なんだよなあ胸以外。
とか。
でも関わりたくないなあ。絶対面倒ごとだもんなあ。
とか。
でも、一人になってもやり遂げようとしてるのは、この子偉いなあ。
とか。
いろいろと思うところがあったうさみは、考え込んでしまった。
そこに。
「うさみ、頼みがあるのじゃ」
エルプリがまじめな顔で、うさみの目をじっと見つめながら。
「どうか、わらわに手を貸して……いや、はっきり言おう。助けてほしいのじゃ」
と。
正面からお願いしてきたのだった。
「あー、その」
「礼もするのじゃ、紅の森に定住できるよう計らうのじゃ」
「それはいらないかな」
その礼は断った。