冒険者初心者とうさみ 65
竜の話はさておき。
「アップル、私、しばらくここで治療に回ろうかと思うなのです」
「そうなるよねえ」
冒険者ギルドにあふれる怪我人をどうにかしなければならない。
今は使える人手が多いほどいいのだ。
冒険者ギルドに運び込まれた怪我人は冒険者が多い。そうでない者はもっと多いが。
治癒師であるうさみさんを当てにして集められていたのだろうが、そのうさみさんは行方不明。
竜が暴れていたらこの街も滅んでいたかもしれないと考えると殊勲なのだろうが、それでも腕のいい治癒師がいなくなったというのはこの状況では痛事である。
冒険者ギルドも、そしてうさみさんの弟子としてのナノも、そういう選択をするかもしれないとは思っていた。
「そうなると、あたしたちも遠くへは行けないか」
「うむ、ナノなしでは連携が崩れよう」
「いいなのです?」
それが当然という様子で次の行動を考え出したアップルたちを見て、ナノは驚いたような、しかしどこか寂しさも交じったような複雑な表情をした。
アップルくらいしかわからなかっただろうが。
あっさり過ぎて驚いて、もしかして自分はいらない子なのかとちょっと思ったような表情である。むしろ逆なんだけど。
非常時に回復役は引っ張りだこになるのは当然のことだ。
「パーティとしてはよくないけど、冒険者ギルド員としては正解かなって」
「こちらはこちらでできることをやる。ナノにしかできないことをするがいい」
「……ありがとうなのです」
三人で頷き合った。
アップルの妹も真似して頷いていた。
「ちょっと! わたくしを差し置いて何をしてますの! あっ! なにか通じ合ってる気配がしますわ!? どういうことですの!?」
最後まで寝ていたもう一人も乱入してきたのだった。
□■ □■ □■
「それじゃあ最終確認。魔物を倒すと強くなるけれど、ただ倒すだけだと死ににくくなるだけ。技術と装備がないとほんとに強くはなれないわ。それでもいい?」
「ああ」「はい」「うん」「ええ」
アップルが問うと、アップルの前に並んだ四人がバラバラに返事をする。
「注意はするけど、現状だと、不意を打たれると怪我をしたり最悪死ぬかもしれない。覚悟はできてる?」
「ああ」「はい」「うん」「ええ」
何をしているのかというと、仕事である。
冒険者ギルドからの。
内容は、見習い冒険者に魔物を倒させて強くすること、だ。
以前、ケラサスが言っていた、上流階級で行われている、お膳立てをして強い魔物を倒させる方法。あれを実戦でやろうというのである。
冒険者ギルドとしてはあまり推奨できない方法だ。
人の手を借りて魔物を倒し強くなった者は冒険者として長生きできないと言われているからだ。
他者に依存して強くなっても、いざという時に動けないと。
自力で考え、鍛え、挑戦してこそというのが冒険者の風潮である。
ドイ・ナカノ街冒険者ギルドは新人を甘やかしていると言われているが、それでも、この方法は避けてきた。
しかし、現在は非常時である。
戦力が必要だ。
さらに、それで多少強くなっても、周辺地域の危険度の方も上がっているので決定的なことにはならないだろうと。
それでは敵を倒させて強くしても意味がないかというと、それは違う。
魔物の攻撃を受けて即死しないで済む可能性が上がる。
生きのびれば、街まで帰り着けば治療魔法がある。
生きのびれている間に、技術が追い付くかもしれない。
それで戦力が増えれば、街が、この地方が、生き返るための一歩となるだろう。
そういうわけで、今回は特別講義ということでギルドからの仕事となったのである
アップルたち“花と実”が欠員がいるにもかかわらず選ばれたのも理由がある。
ペルシカだ。
魔法による支援があればより安全に魔物を倒させることが出来るだろうこと。
もちろん、ナノが一時離脱しているために街からあまり離れたくない“花と実”側の都合もある。
有力なパーティはより積極的に魔物を狩る仕事に当たってもらいたいギルドとしてはそれもまた渡りに船だったのだ。
受講する者も知った顔である。
同じギルドで寝起きしている身で同年代。
こちらを値踏みするような視線もたまに混ざるが、うさみさんにご飯をおごられていた仲でもあるし、そうおかしな者ではないのは知っている。
妹も難民野営地の父母弟妹に合流させたし、道具の補充も行った。
防具が痛んでいたが、現在余剰がでている革系素材をつかった新品の防具が安く手に入った。
ナノの危険感知能力がないので気を張る必要はあるが、場所を選べば大丈夫。
特別講義とはいえ、こんなに早く自分が講義する側になると、アップルとしては思っていなかった。
ちょっと感動。
感動おわり。
準備よし。
「それじゃ、出発」
アップルが先頭、ケラサスが最後尾、ペルシカが真ん中でその間に二人ずつ四人。
計七人の臨時パーティが出発した。