冒険者初心者とうさみ 64
しばらく雑談をしていると、アップルの妹が起きてきたので場所を移すことにした。
とりあえず食事がしたい。が、階下の惨状で食事ができるだろうか。
そう心配していたが、食料は供給されていた。
主に肉だ。
肉の元は街の外にたくさんいるので、これだけは確保しているのだという。
しかし、穀物や野菜、塩などは今後を考えて供給が絞られているらしい。
買占めに走った商人もいたが、商売ギルドが差し押さえたそうだ。
よくない話といくらかマシな話が耳に入ってくる。
まあ最大級によくない事件が起きたのだから仕方ないのかもしれない。
「アップルちゃん。ナノちゃんは?」
「まだ寝てる。魔力回復中じゃないかな」
アップルたちに気づいたマっちゃんが、声をかけてくる。
ついでに、アップルが抱っこしている妹にこんにちわーと笑いかける。
妹は照れてアップルの胸に顔を押し付けた。
マっちゃんは都会風の美人なので田舎者には難易度が高いのだ。
階下の状況は一晩経っても大きく変わっていなかった。
ナノが求められている理由がよくわかるというものだ。
しかし昨日魔力を使い切ったのならもう少し寝ているだろう。経験上。
魔力は普通にしていても徐々に回復するが、休憩、休息しているときの方がたくさん回復できる。
中でも寝るのが一番だ。
無理するよりも休む方がたくさん魔法を使えるのだから、ナノが休むのは正しい選択だろう。
しかし、一晩経ってもこの状況ということは。
「うさみさんは?」
「実は行方不明で」
「え」
「あの御仁がか」
謎の神官幼女うさみさんなら、お金さえあればこのくらいの怪我人一晩で癒してくれるはずだ。
それなのに、昨日も見た怪我人がまだ残っているということはうさみさんが今冒険者ギルドにいないということだ。
つまり、どこか別の場所にでも常駐して――。
――行方不明?
アップルは耳を疑った。
妹がきょとんとアップルを見ていた。
竜がでたのだ。
それは知っている。
アップルたちが村を防衛している間に、赤い巨竜が空を飛んでいるのを見た。
幸い、アップルたちを狙ってくることはなかったが。
その竜が、ドイ・ナカノ街近郊へやってきたのだそうだ。
近郊、と言っても、空を自在に移動する竜のこと、その範囲は広い。
はじめ、空から急降下しながら魔物をさらって食べていたので食事に来たのかと思っていた。
それがある日、ドイ・ナカノ街へと寄ってきて、結界を破ろうとしたのだという。
そこでうさみさんが跳び出して竜の吐息を結界に打ち込もうとしていた竜の顎を下から蹴り上げた。
竜の吐息は上空へと消え、竜は怒ってうさみさんを追いかけ始めたのだそうだ。
魔物を巻き添えにして竜は大暴れした。
散々暴れながら竜はどこかへ行ってしまい、うさみさんの行方も分からなくなったということだ。
「ええと、竜ってちっちゃかったの?」
アップルは妹の口元を拭いてやりながら訊ねる。
うさみさんのちっちゃい体で蹴飛ばしたからドラゴンの頭が上を向きましたーとか、ちょっと耳を疑う。
うさみさんが高段冒険者並みの身体能力と技を持っていたのなら話は別――。
「頭の位置が城壁の三倍くらいの高さで、“山崩し”が手も足も出なかったそうよ」
――いやそれどころではなかった。
山崩しは最前線帰りでドイ・ナカノ街では上位に当たる冒険者パーティだ。
「言葉が見つからぬな。そんな力を隠しておったとは」
冒険者になるのは怖いからヤダと断っていた。
高位神官であれば、見た目が子どもでも勧誘する価値はある。
そうでなくとも本人が金持ちでギルドに影響力もある。
エルフというのもある種の価値があるだろう。夜目が効くというおまけもある。
しかし、目を潤ませて怖いと言われては、押し切るのは難しかったのだろう。
結局うさみさんは冒険者にはなっていない。
「まあ、隠してるっていうか、使わないようにしていた技能があるのは確かなのです。アップルはわかるはずなのです」
「あ、ナノ。……あたしがわかる?」
妹がナノの方へ行きたがったので、アップルは若干の寂しさを覚えながらなのに妹を渡しながら首を傾げた。
「ああ、そういえば魔法か」
「なのです。お師匠様は魔法を魔法使いギルドに遠慮して教えていなかった、ということは教えられる程度には使えるということなのです。神官と魔法使いを同時に修めるくらいなのです、他に隠しているモノがあっても、不思議ではないなのです」
「神官と魔法使いに精通した上、他の物にも、という方が考えにくい気はするが」
「そこはお師匠様なのです」
「うさみちゃんですからねえ」
ナノの食事が届いたので妹を回収する。
まあ、あの見た目であれだけの神聖魔法を扱うだけでも得体の知れないところがある人だ。何があっても不思議ではないと思えなくもない。
ケラサスはああ言っているが、アップルもどちらかといえばナノとマっちゃんの方を支持する。どちらかといえばだが。
「でも、それが行方不明か……あ」
「昨日聞いてるから大丈夫なのです」
「そっか」
なんだか気まずい雰囲気になった。