異世界転生初心者とうさみ 2
うさみが目を開けると石造りの、伝統的な西洋風の街並みが広がっていた。
「え、あれ?」
腰ほどまである金色の髪に森色の瞳。非常に小柄な体躯にきわめてささやかな胸。なめらかな白い肌に若干赤みがかったぷにぷにほっぺ。特徴といえば尖った耳。少女はエルフ――ファンタジーものの創作でよくいる森に住まう種族――であった。
エルフにしてもちょっとかなりちっちゃい。ドワーフよりは大きいけれど。
けれどそこは個人差の範疇だ。範疇だ。
初期装備の簡素な服と小さな背負い袋、腰のベルトにポーチとナイフを提げているというその姿で、街の広場の中心部、噴水のそばに立ち自分の身体をペタペタと触っていた。
「スターティア!? 危険を避けて細々と暮らして何やかんやで街が滅んだり結婚したり子供や孫が生まれたり月がなくなったり世界が滅んだりしたけどなんだかんだで生き延びて子孫に囲まれて穏やかにいろいろあったけどそれなりに満足して息を引き取ったはずなのになんで若返って滅んだはずのスターティアに!?」
千年生き抜いて死んだはずであった。
エルフの寿命は千年といわれており、死ぬちょっと前まで若い姿のままであった。
老化が始まり、あーきっともうすぐ死ぬんだなあと思ったのが五十年くらい前。それから身辺整理をして。悔いが全くないとは言わないが、まあまあいい感じに人生、いやエルフ生? を終えたはずであった。
でも今、若い姿でここ、スターティアにいた。
ちなみに身長は変わっていない。成長して老化と共にちっちゃくなったのではなく、ずっと変わっていない。くすん。
話がそれた。
気を取り直して辺りをきょろきょろと見回す。
突然妙なことを叫んだうさみに訝し気な視線を向けている人が何人かいるが、それ以外に特筆すべきことはない、かつて見慣れていたスターティアの街であった。
ひとしきりあたりを見回すと、うさみはよし、と気合を入れて、街の喧騒にむかって踏み出した。
そして千年の歳月がながれた。
うさみは死んだ。
□■□■□■
うさみが目を開けるとスターティアの街並みが広がっていた。
「えー」
もしかしてと思っていたが本当にもしかした。
世界の片隅で細々と生活していたらやっぱり月がなくなったり世界が滅んだりしたけれど無事に千年生き抜いて老衰で死んだのだが、また滅びたはずのスターティアに戻ってきたのだ。体も若返っている。
うさみは近くにいた人に今日の日付とついでに名前を聞いたあと、太陽の位置を確認し、Uターンして歩き出した。
そして千年の年月が流れてうさみは死んだ。
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うさみが目を開けると中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。
近くにいた人に今日の日付と名前を聞いた。太陽の位置を見た。そして千年生きて死んだ。
これを何度も繰り返した。十回を超えてからは数えてない。
そしてついにうさみは結論を下した。
「時間が戻っている。でもなんで?」
結論が遅いというなかれ。
うさみ自身の死を引き金に事象が発生していたらしく、時間の巻き戻りを客観的に観測できなかったのだ。今回はそれに成功した。死んだあと残ってみたのだ。そのように工夫した。結果、時間が戻る予兆を確認できたのである。
そうでなければ錯覚とか五分前にそういう設定で世界ができたとか死ぬ前に見る夢だとかいろいろ仮説はあったのだ。しかし今回、時間が戻ったのであろうと、ようやく納得する観測結果が出たのである。
それはともかくなぜそうなったのかはまだわからない。
他にも不思議なことがある。
幾千年どころか万を超える年月の記憶があるにもかかわらず、ゲームをしていたころの記憶の方が鮮明ということだ。
意味がわからない。どういうことだ。時系列……いや、うさみの主観で言えばこの世界のような設定のゲームをしていたのは通算……まあその一万年以上前であり、はるかかなたの記憶のはずだ。
それなのに。
今ここに戻されたときに感じるのはうさみの数千年よりも鮮明なうさみ以前の記憶だった。
人間として、地球で生き、ゲームをして、引退して、目を覚ましたばかり。そんな感覚。
何と表現したらいいのか。
千年分、肉体だけでなく、精神、認識も戻されたということか。その上で千年×いっぱいの記憶があると。
物凄い違和感がある。
それも何年かすると慣れて気にならなくなるのだが。
千年の成果はうさみの記憶の中にしか残っていない。
逆に言えば千年の成果を残したまま、体と心だけ若いころのうさみに戻る。
このことにどういう意味があるのか。
「わかんない!」
うさみは駆けだした。
ストレスを走ることで昇華する。走ればだいたいすっきりするものだ。すっきりしなかったら? すっきりするまで走るんだよぉ!
そして千年経ってうさみは死んだ。