冒険者初心者とうさみ 61
「迷宮が崩壊した! 氾濫だ!」
と、叫びながら冒険者がギルドへ飛び込んできたのは、アップルたちが胸をなでおろしてしばらくしてのことだった。
にわかにギルド全体が騒がしくなる。
まずは懐疑的な声。
「え、なにごと?」
「迷宮って、え、近くにあったなのです?」
こんなふうに。
迷宮。
崩壊。
氾濫。
あまり身近でない単語であるが、場所によっては冒険者の重要な仕事である。
が、アップルは迷宮についてほとんど知らなかった。
ドイ・ナカノ街を拠点とする範囲に迷宮は確認されていなかったからだ。
遠い場所にそういうものがあるという噂程度は耳にしていたが、詳しくは知らない。
ナノの方はいくらかは知っているようだったのでアップルは尋ねてみた。
迷宮とは、世界に発生する特殊な空間だ。
特殊。というだけでは意味が分からないだろうが、迷宮は一つ一つ違うもので、似ているものはあれど全く同じものはないと考えられている。
しかし、いくつかの共通した特徴がある。
一つは外見と比較して、内部の空間が広いこと。
例えるならば、小さな小屋の中に巨大な宮殿並みの空間があるような。
小さな洞窟の中に、掘りつくして枯れた後の鉱山があるような。
そしてその空間は、迷宮の名の通り迷い込んだものを迷わせる構造をしている場合が多い。
もう一つは内部に魔物が発生すること。それは生殖などによるものではないと考えられている。
この魔物は時間とともに増えていく。
「迷宮は時間とともに魔物をため込んで、限界を突破すると壊れて魔物が外に出てくるなのです。それが崩壊と氾濫なのです」
そのため、迷宮は発見され次第攻略され、踏破されるのだそうだ。
最低でも、発生するより多く間引けなければいつか氾濫するのだから。
踏破して迷宮の核と呼ばれるものを破壊することで、迷宮は消滅するらしい。
そして、氾濫してしまうと、広範囲に魔物がばらまかれ、周囲に甚大な被害が発生するのだという。
それはもしかして大事なのではないか。
アップルがそう思った時。
「なっ、隠してただとぉ!?」
怒号。
冒険者ギルドマスターの声が響いた。
「クソがッ! 傾注! 総動員! 迷宮の氾濫だ! パーティが揃っているものは戦闘準備して西門へ走れッ! 足りないものは合流して迎え! 見習いは待機して指示に従え!」
「え、っと。二人呼んでくるわ」
「私たちの装備持ってあとから追いかけるなのです。お師匠様は?」
「んー、お爺ちゃんそっち行くように言っておいてあげる。多分西門に出張かな」
職員と冒険者が慌ただしく動き出す中、アップルたちも立ち上がって動き出した。
アップルはこの時点で状況は正確に把握できていなかった。
迷宮の崩壊も、氾濫も、経験したことも聞いたこともなかったのだから。
大量の魔物が突如出現することの意味はよく考えれば気が付くことが出来るはずだった。
氾濫したのは獣系の魔物が出現する迷宮であり、以前アップルたちが赤焔獣を狩った区域から遠くない場所にあったらしい。
つまりあの赤焔獣は迷宮から出てきたのである。
その後の冒険者ギルドの調査で入り口が見つからなかったのは、調査したパーティが意図的に隠していたからだった。
ドイ・ナカノ街の正規冒険者では中堅に位置するそのパーティは赤焔獣の件より前から迷宮の入り口を確認しており、その事実を隠して独占していた。
そして出現しないはずの魔物である赤焔獣が現れた際、迷宮がある区域の調査を率先して引き受け隠ぺいを続けたのだ。
迷宮は魔物が発生する。
迷宮の外では生殖などによって増える魔物だが、迷宮の中ではそうではない。
つまりそれだけ魔物と戦うことが出来、強くなれるということだ。
素材もそれだけ手に入る。
独占できれば、冒険者として飛躍できるかもしれない。そう考えたそうだ。
発生する魔物が、付近にも出現する獣系の魔物であったこともよくなかった。
迷宮で倒した魔物の素材を換金してもバレないと考えてしまったのである。
結果として今回の氾濫が引き起こされてしまった。
しばらく、アップルたちは冒険者ギルドに足を踏み入れることが出来なかった。