冒険者初心者とうさみ 59
「と、いうようにペルシカの引き抜きの話があってな。今のところは断っているが」
「ああ、そうよね。やっぱり声かけられるのね」
魔法使いのペルシカに話が来るのは妥当なところだとアップルは思う。
「ペルシカのことだから、ケラサス様のいないところに行くわけがないですわー、とか言ってそうなのです」
「だねー」
ナノが茶化してアップルと二人でケラケラと笑う。
ペルシカはケラサスのそばを離れようとはしないだろう。
そうするくらいなら、身分を捨ててまで追ってきてはいまい。
この二人が元は高い身分だったであろうことは容易に予想できる。
アップルもナノも、深く突っ込まない代わりにそれぞれ勝手に二人の関係を想像して楽しんでいた。
「まあ、もう約束の期間も半分過ぎてるし、そろそろちゃんと考え始めないとね」
ケラサスとは一年はパーティを組み、その後は相談という話になっている。
実力不明だったケラサスを加入させるにあたっての条件だ。
これが昨年の初冬であり現在はすでに夏。
今後も組むならいいが、別れるのならそろそろ準備を始めなければならない。
別に仲間を募るか、他のパーティに二人で入るか、或いはバラバラになるか。
一番当てがないの自分だとアップルは思う。
力だけの戦士である。ちょっと魔法は使えるようになったのでそれは売りになるだろうが、他の三人と同じか負ける。
ナノには神聖魔法という切り札がある。
ケラサスと自分は同じくらいだろうが、ペルシカは離れないのでその分価値が上がるだろう。
ナノとは組み続けるつもりだが、何があるかわからないのもこの稼業である。
こういう言い方はなんだが、ナノの方が価値が高い以上、実質的に選ぶ権利はナノにある。
「パーティの継続についてなのです? うーん、ペルシカが来て、もう立場が逆になっているような気がするなのです」
ナノも、同じようなことを考えていたらしい。
アップルとナノが選ぶのではなく、ケラサスとペルシカが選ぶ状況になっているのではないかと。
神官というナノの希少性は魔法使いペルシカに負けてはいないが、即戦力という意味では大きくペルシカに傾くだろう。
継続には双方の合意が必要だが、別れる権利は実質的には価値が高い側が持っているようなものだろう。
「そうよね。勧誘されるくらいだし。あたしたちには勧誘とかは……もしかしてナノはあったりするんじゃないの?」
「あの時以来無いなのです。アップルと離れる気はないなのです。アップルより信用できる人が見つかったら別だけどなのです」
アップルは思わずナノを抱きしめた。
「ナノー!」
「ちょ、くるし、離すなので……ぐえー!?」
そんな二人の様子を考え込むようなしぐさをしながら見ていたケラサスが口を開く。
「聞くが、現状二人はどう考えている? 我らは必要か? 不要か?」
「とりあえず別れる理由はないわよね。同じくらいの強さの仲間って貴重だし、魔法も助かるし」
「そっちにもその方が都合がいいと思うなのです」
考えることもなく二人は答えたが、ケラサスはそれが意外だったらしい。
「なぜそう考える?」
踏み込んで尋ねてきた。
アップルはナノと顔を見合わせた後答える。
「二人ともすごい目立ってるのに絡まれないでしょ? それって、あたしたち、というよりナノかなあ、と組んでいるからって理由がそこそこあるのよね。あたしたちが何かしているわけじゃないけれど」
「お師匠様の顔なのです」
「神官殿の?」
「うさみさん過保護なんだって」
マっちゃんから聞いた話である、とアップルは前置きして語った。
そもそも。うさみさんは、このギルドに何十年もいる古株中の古株である。
ドイ・ナカノ街冒険者ギルド出身の冒険者は駆け出し時代から、みんな彼女にご飯おごってもらったり、人によっては命を救われたりしているのだ。
治癒魔法にはお金は取られるけれど。
噂によると現在のギルドマスターが駆け出しのころからいるらしい。
そんななので、うさみさんはギルドの影の支配者なのではという噂まであるという。
影の支配者て。あのうさみさんがだよ。ほっぺぷにぷになのに。それは関係ないなのです。
さて、そのうさみさんが弟子を取った。毎日世話をしている姿を見ることが出来る。
ナノである。
一見するとうさみさんの方が世話をされているように見えるが。
そのナノといつも一緒に居て、うさみさんとも気さくに話している者がいる。
アップルである。
その二人が所属するパーティ、“花と実”であるが、このパーティが予定より期間が遅れていたり、危険度の高い魔物がいる場所へ向かった際、うさみさんがものすごく、イライラしているのだという。
まったく落ち着きを失っているのだ。
見ればわかるらしい。
当然ながらアップルたちは見たことがないが。
そんな様子を見た冒険者たちは、陰でこう話しているらしい。
“花と実”には手を出すな、と。
さらに言えば、近接戦闘の講師として働いているグレイプが、参加者から信望を集めつつあることも影響しているだろう。
グレイプは教えるのがうまい。
ケラサスの師であること、ペルシカが孫娘であることも、それなりに知られている。
ペルシカに声をかけた男はにっこり笑ったグレイプに連れていかれるのだという。
顔は笑っているのに背筋がぞくぞくするのだそうだ。こわいね。なのです。
そして個人面談によって人となりを確認されるのだという。
今では孫馬鹿爺に気を付けろと噂になっているそうだ。
「マっちゃんが、そういう話になってるから、知らずに調子乗るんじゃねーぞ、ってこないだ教えてくれたのよ」
「あ!マっちゃんそんなしゃべり方しないなのですー。言いつけてやるなのですー」
「あぇっ!? 冗談じゃないの! やめて!?」
アップルの拘束から解放されたナノが、ここぞとばかりに口でやり返す。
そんなやり取りを横目に、ケラサスがつぶやいた。
「守られておるのだな」
「まあね。だから今のうちに甘えられるだけ甘えときましょ」
「使えるものはお師匠様でも使うのが礼儀なのです」
アップルとナノが反応したことに驚いたのか、ケラサスは顔を白黒させていた。




