冒険者初心者とうさみ 54
「いいわよー」
「本気ですの? やめるなら間に合いますわよ?」
「今日は休みだし平気平気。やっちゃって!」
「……【魔弾】!」
「あいとゎっ!?」
中庭に軽快な打撃音とアップルの悲鳴が響いた。
□■ □■ □■
「馬鹿なのです?」
「ごめん」
「わ、わたくしは止めましたのよ?」
「いや、主犯ではないにしろ、共犯であろう」
冒険者ギルドの酒場でアップルとペルシカがナノとケラサスに叱られていた。
罪状は攻撃魔法をで怪我をしたこと。
主犯は怪我をしたアップルで、【魔弾】の魔法を使ったペルシカは共犯だ。
怪我は大したことなく、アップルの顔面にたんこぶができたくらい。すぐ治るんじゃないかなと、うさみの診断も受けている。
事の発端はアップルとペルシカが手すきの時に魔法の話をしていた際に、魔弾の魔法が話に出たこと。
【魔弾】というのは【盾】などと並び魔法使いの基礎と言われる魔法だ。
効果は、命中すると成人男性が全力でぶんなぐったくらいの打撃を与える魔力弾を射出して命中させるというものだ。
この命中させるというのが過去の偉大な魔法使いが受け継いできた成果であり、この魔法を十全に使えるようになることで、より上位の射出系の魔法を扱う助けになると言われている。
【盾】のほうは魔力で自動で動く盾を作り出すもので、これは他の物理的な攻撃にも有効だが、【魔弾】を完璧に防御できるという特性がある。
どちらも効果が手ごろかつ準備時間がほとんどいらないため特に対魔法使い戦で有効になる。
なぜかというと、魔法を準備する間に強い衝撃を受けると魔法に失敗するのだ。
手軽に使えて魔法の妨害に十分な打撃を与えられる【魔弾】とそれを防ぐ【盾】は戦士でいう護身用の短剣に当たるような必携の魔法と言っていい。
というような事をペルシカが話し、アップルが興味を持って根掘り葉掘り聞き始めたのだ。
アップルは魔法を一つ魔導師から教わっているが、【魔弾】も【盾】も存在すら知らなかった。
きっと正式に学べば教わることが出来るのだろうが、アップルの場合は使えそうな魔法を一つ教わっただけなのである。主に予算の関係だ。
しかし、覚えていて当然というように知らない魔法の話をされては、知っておかないといけないという衝動にかられてしまうというもの。
そして聞いてしまったのだ。
「凄腕の戦士には【魔弾】を切り払う者もいると聞きますわ」
「それはすごい! やってみよう!」
「え゛?」
そういうことになったのだった。
「そりゃ、アップルは見た目以上に腕はいいなのです。でも凄腕の戦士と言えるほどではないよねなのです。なんで出来ると思ったなのです?」
「いやその、出来たらかっこいいかなって」
「お馬鹿! なのです!」
ナノはアップルの額をぺチンしようとして、たんこぶができていることを思い出して取りやめ、かわりに頬を引っ張った。両方。
「ひゃへへー」
「アップル。銀貨一枚出すなのです」
「ひゅ? いひゃいいひょ」
「だーすーなーのーでーすー」
ナノはアップルから銀貨を取り上げて治癒の魔法を使った。
「神様、こんなお馬鹿でも大事な友なのです。どうか癒してやってくださいなのです」
ナノが手を当てるとともに消えていく額のたんこぶ。
「ナノごめん。ありがっ――!?」
治すまでもないと思っていたが、ナノがなかなかの剣幕で怒り、そして癒してしまったものだから、アップルは謝罪とお礼を言おうとした。
しかし、その途中でナノがアップルの額をぺちぺちと叩き始めたのである。
ぺちぺち。
ナノはペチンしながら大きくため息をつく。
「アップルはお馬鹿なのです」
「いやでも惜しかったんだよ。こん棒が当たる直前にぎゅんって曲がってこなかったらうまくいって痛い痛い」
ぺちぺち。
「魔法が飛んでくるの止められたら役に立つと思って痛い痛い」
ぺちぺち。
「ごめんて」
ぺちぺち。
ナノがもう一度ため息をつきながらふと横を見ると、ケラサスとペルシカがこちらを見ていた。
そしてペルシカが前髪をかき上げて手で固定し、ケラサスの前に額を差し出した。
「いや、やらんぞ?」
ペルシカは残念そうに前髪を元に戻した。